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2章 5-2
「マサさんは神経質そうだからちょっと心配だな」
「何言ってるの? さっき会ったばっかりの他人に。君みたいな若い子は私みたいなおじさんの心配なんてしなくていいんだよ」
「おじさん? マサさんが?」
きょとんとした顔をするシュウ。
「マサさん、俺とそんなに年齢変わらないでしょ」
そう言われた正哉は笑った。20、21歳くらいにしか見えないシュウにそんな風に思われていたとは思わなかった。
「まさか! 私は37だよ?」
「えっ、俺より10個も上だったの?」
「10個?」
つまりシュウは27歳ということになる。小柄で童顔なので若く見えていたようだ。彼の少し我儘で自分の欲望に忠実な口調や態度が、恐れを知らない少年を思わせるのもその要因だろう。
「もっと若いかと思った。27でも十分若いけどね」
シュウの方も正哉の年齢に驚いているようで、目を丸くしている。
「俺もマサさんのこと30くらいかと……、俺はよく若く見られるんだよね。マサさんもそうなんじゃない?」
「最近はそうだね。20代の頃はむしろ実年齢より上に見られることが多かったから、あんまり見た目変わってないのかもね」
「ふーん。きっと20代の頃もマサさんは今みたいに落ち着いた人だったんだね」
シュウが立ち上がり、湯船から出た。お湯に浸かっていた身体は赤みを帯びている。
「そろそろ上がろっか」
「そうだね」
これ以上ここで話していたら上気せそうだ。正哉も立ち上がり、2人はバスルームを出た。
バスタオルで身体を拭きながらシュウは洗面台に置いていたスマホを見る。
「そろそろ駅向かったら始発出てる頃には着くと思うけど、マサさん帰る?」
「ああ、うん」
帰る以外に何か選択肢があるのだろうか、と思った正哉は彼に手を掴まれた。
「それとも俺と一緒にモーニング食べに行く?」
「……いや、帰るよ」
呆れたように笑ってそう返した正哉。流石に夜一睡もできなかったので眠いし、シュウとそこまで親密になる気はない。あくまで一夜の関係だと思っている。
俯いて彼の手を放すシュウ。彼から目を背けて服を着始めた。
「もう、つれないんだから」
「そういうことすると情が移る」
正哉がそう言うと、悄然としていたシュウは再び笑顔で彼を見上げた。
「マサさんに移す情なんてあったんだ」
「まあ無いんだけどね」
にべもなく言う彼に、少し悲しげな顔をするシュウ。くるくる変わる表情は本当に少年のようだ。
「……なら、せめて連絡先交換しようよ。気が向いた時にでもまたセックスして」
「もう竿役やりたくないんだけど」
「残念……だけど、俺がタチでいいからさ。ネコのマサさんもえっちで好きだし」
そう言いながらまた会ったら結局タチをやらされそうだな、と正哉は思った。しかしそういう彼の貪欲さには好感を持てる。
正哉は服を着ながら言う。
「それならいいけど、1つだけ条件があるよ」
「何?」
「私と寝る時は勿論だけど、私以外の人と寝る時も必ずゴムは付けること。じゃなきゃ君とはできない」
正哉の言葉にシュウは唖然とした表情になる。
先程のセックスで彼が普段あまりコンドームを付けないのだとわかった正哉。恐らく彼は今の自分よりも破滅的な生き方をしている。彼自身の身体のことなど考えていない。
彼は首を傾げて言う。
「んー、何でマサさんってそんなにゴムに拘るの? 病気とかそんなに心配?」
「当然心配さ。……去年、梅毒の年間の症例報告数は感染症法施行以降の最多数になった。今年も既に去年の同時期より増えてる。私みたいな生き方をしている人間が怖いと思わないわけがない」
正哉の言葉に、逡巡してからまた笑顔を作るシュウ。
「そういうのちゃんと考えてるあたり、やっぱりマサさんってこういうの似合わないね」
「連絡先交換するのやめる?」
「いや、俺もマサさん見習ってちゃんとゴム付けるよ。あとリクさんはゴム付けるの嫌がるからもう会わない」
「それは賢明だね」
確かにリクは正哉とセックスする時もコンドームを付けたがらなかった。正哉に強く言われて渋々付けていたが、ああいう男に若いシュウが影響を受けるのは良くない。
シュウは正哉の言葉に笑った。
「ははっ、マサさんってリクさんのことあんまり好きじゃないの?」
「どういう人かよく知らないけど、ゴム付けるの嫌がる人とはもうヤりたくないかな。あとデブだし」
「あれはデブじゃなくてガチムチっていうんだよー。ゲイ的には人気ある」
「私の好みではないな。シュウ君ああいうの好きなの?」
「俺は顔が整っていればなんでもいいよ」
シュウの返答に片眉を上げる正哉。リクは顔が整っていただろうか。既によく覚えていない。そもそも若くない男には興味が無く、最初からほとんどリクのことは見ていなかった。
服を着てベッドの方に戻った2人はSNSの連絡先を交換した。そして部屋を出てホテルの支払いを済ませそこを出る。
土曜日の朝の新宿はいつにも増して汚い。今は行き交う人々は少ないが、金曜日の夜の喧騒の跡が道路に散乱したゴミとなって残っている。
この朝から7月となった日の午前5時過ぎ。既に辺りは明るくなっている。
シュウとは新宿三丁目駅で別れ、正哉はそのまま歩いて新宿駅へと向かった。
シュウは別れ際に「あんまり思い詰めないで」と言った。正哉には何と答えたらいいかわからなかった。ただ曖昧に笑って「じゃあまた」と言った。またなんて本当にあるのだろうか。
どうにもならない重石を心に抱えながら、正哉は自宅へと帰っていった。
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