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2章 6

6  土曜日、午前6時半。仕事を終えたリョウは自宅のアパートへと向かっていた。毎週金曜日の夜は20時頃に仕事に入り、客がなかなか帰らないために大抵この時間まで仕事が続く。  先週の金曜日は珍しく仕事がオフになった。そして正哉の家に行ってから1週間が経った。  あの日の別れ際の正哉の姿が度々頭に浮かぶ。普段の徹底的に“身体のみの関係”を崩さない彼が初めて見せた不安定な弱さの片鱗。彼に何があったのかどうしても気になってしまう。  最も、気になるからといって連絡を取ってみたりはしない。あくまでただのセックスフレンドであるところは下手に変えられない。  欠伸をして、スマートフォンでSNSの通知を確認しながらアパートの前の人気のない路地を歩く。  「あの、すみません」  突然後ろからそう声をかけられ、リョウは驚いて危うくスマートフォンを落としそうになる。誰かが後ろにいたなんて気づかなかったが、聞き覚えのある声だ。  振り向くと、そこには180cm近い長身のリョウより少し背の低い男が立っていた。その背格好、黒髪、マスクをしていてもわかる彫りの深い少し日本人離れした顔立ちと琥珀色の虹彩。リョウがよく知っている容姿だ。  「え、マサさ……んじゃねぇ、あんた……」  そう、彼はリョウのセックスフレンドである正哉にそっくりだが、あまりに身なりが違い過ぎる。全く整えられていない無造作に伸ばされた髪、着古したティーシャツにカーゴパンツ。先週正哉の家の前ですれ違った男だ、とリョウは思い出した。  「誰、あんた。先週マサさんの家の前にいたよな?」  リョウが怪訝そうな顔でそう尋ねると、男は微笑んだ。  「初めまして。僕は西祥哉。正哉さんの双子の弟」  「……双子? 正哉さんって、マサさんのことか?」  リョウの言葉に、今度は祥哉が驚いた顔をする。  「あなた、正哉さんの名前も知らないの?」  「知らねえよ。マサさんだって俺の本名知らねえし。てかマサさんに双子の弟なんていたのかよ? まあ確かにそう言われりゃ納得だけど……」  寧ろここまで顔が似ていては双子以外の説明はつかないだろう。しかし何故正哉が先週その説明をしなかったのかわからない。  ゲイ向けの出会い系アプリというものが頭にない祥哉は、実に不思議そうにリョウを見た。  「あなた、何ていう名前?」  「尾けといて知らないのかよ。マサさんと店の人達はリョウって呼んでる」  リョウは祥哉に一歩詰め寄る。  「そんであんた、俺に何の用? 何で俺の家知ってんの?」  「先週、あなた……リョウさんのこと気になってさ、正哉さんの家から出てきた時ついて行った。こんなに近くに住んでたなんてびっくりだったけど」  「はぁ?!」  驚愕してリョウはつい大声を上げた。  つまり祥哉は先週、リョウと正哉がセックスしている最中もずっと正哉の家の近くでリョウが出てくるのを待っていたのか。そしてリョウに見つからないように後ろを歩いていたということか。  正哉は知らないことだが、リョウの家は正哉の家の最寄り駅を挟んで反対側にある。正哉の家までは少し距離があるが歩いて行ける範囲だ。  「け、警察呼ぶぞ……」  「セクキャバのボーイが男に尾けられてますなんて言って信じてもらえるかな? 僕、何にもしてないしこれからするつもりもないし」  「俺の仕事はバレてんのかよ」  リョウは最寄り駅の近くのセクシーキャバクラでボーイをしている。祥哉は職場まで尾けてきていたのだろう。  「それで、何にもするつもり無いなら俺に何の用?」  「正哉さんに近づかないで」  笑みを消し、リョウを睨みつけるように見上げて祥哉はそう言った。  彼の言葉に苦笑するリョウ。  「は? 何、お兄さんが男とヤってたら嫌なの?」  「男だからってことじゃない。正哉さんにはどうでもいい人とセックスしてほしくない」  「何それ。家族だからって口出すことじゃないんじゃね? 俺とマサさんは完全に合意の上でヤってるし、マサさんが嫌がらない限り俺はあの人とまたヤりたいと思うよ。あんないい人なかなかいない」  笑い混じりにそう返され、祥哉の眉が眉間に寄せられる。  「正哉さんだって本当はやめたいはずだ」  祥哉の口ぶりから察するに、彼は正哉が本当は幾人もの男とセックスしているのを辞めたいんだと思い込んでいるようだ。それで自分のことを尾行までしていたのか、とリョウはゾッとしてしまった。  「何言ってんの、あんたちょっとヤバくね。マサさんと顔以外全然似てねえし本当に双子? 兄弟なら何で呼び方さん付けなの?」  「……どうしたら正哉さんから離れてくれる?」  リョウの質問を全く無視した祥哉に、リョウの笑顔が引き攣る。こんな双子の片割れなら正哉が隠したくなるのもわかる気がした。この男はどこかおかしい。  この男に何かされていて先週の正哉は少しおかしかったのだろうか。それなら彼が不憫だ。  どうにかしてこの祥哉という男から離れたいし、正哉からも引き離すべきではないか。リョウは逡巡して言う。  「まあそうだな、あんたマサさんと同じで顔はいいし、あんたがあの人の代わりになるならいいよ」  「代わり?」  「大人しくケツ掘らせてくれるならマサさんから離れてもいいって言ってるの」  薄笑いを浮かべてそう言ったリョウ。祥哉が正哉のように男とのセックスに慣れた人間には見えない。嫌がって自分から離れるだろうと思った。  「分かった」  しかし祥哉はそう返答し、驚愕するリョウ。  「え、マジで?」  「それで正哉さんから離れてくれるならいいよ。君とセックスする」  祥哉の言葉に、リョウは今度は呆れたように笑った。こういう展開になってしまうとは予想外だ。  しかしこうなっては後には引けない。いつもセックスしている正哉の双子の弟とセックスすることになるなんて、ある意味面白いとすら思えた。  「西祥哉さん……だっけ? イカれてんな。いいよ、うち入れよ」  そしてリョウは祥哉を連れ、自分のアパートへと入って行った。

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