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2章 7-3

 煙草の煙が目の前に見え、顔を顰めた祥哉。父親の彰も煙草を吸っていたが、この匂いは嫌いだ。ベッドに座ったまま布団を頭から被った。  「何で正哉さん、そんなことするんだろ」  「そりゃ、セックスが好きだからだろ」  「でもそれなら相手が1人だっていいはずだよ」  「そりゃ、1人とちゃんと付き合うのはめんどくさいだろ」  「あなたもそうなの?」  「そうだよ。特定の相手と付き合うのはめんどくさい。心で向き合わなきゃならなくなる。サクッとセックスだけで終わらせたいよ」  正哉もリョウと同じ意見なのだろうか、と祥哉は思った。めんどくさいから頑なに他人と向き合わないのか。  しかし正哉に関してはそれだけじゃない──中華料理店で話した時わかったのだ。  「でも正哉さん、自分は若い時の母親と同じことをしてるって言ってた。色んな男と関係を持つのは自傷行為なのかも知れないって」  祥哉の言葉に、リョウは一瞬目を見開いた。煙草をゆっくりと吸い、煙を吐き出す。  「まあ、もしそうでもあの人が自分の意思でやってるなら別にいいだろ」  「正哉さんのこと、本当にどうでもいいの?」  「どうでも良くはないけど、いちいち心配するような間柄じゃねえ」  祥哉の質問にリョウは苛立たしげに吸っていた煙草を灰皿に押し付けた。煙草の火が消され、祥哉は布団から頭を出す。  リョウは態度こそぶっきらぼうに見えるが、自分をストーキングしていた祥哉を家からまだ追い出さずに話を聞いてる。少なくも正哉よりは温かみのある人間だろう。  そんなリョウに祥哉は興味を持ち始めていた。  「リョウさんってゲイなんだよね? なんでセクキャバなんかで働いてるの?」  急に話題を変えた祥哉に、リョウは少し驚いてから大きな溜め息をついた。  「何だよ急に。……女の子のおっぱい見放題だからに決まってんだろ」  鬱陶しげにそう返答した彼に、祥哉は首を傾げる。  「え、ゲイじゃなかったの?」  「ヤるなら男の方が気楽でいい。特にマサさんなんか、その辺の女の子よりずっとセクシーだしフェラ上手いし言うことないよ。女の子はヤるとなる色々面倒だから見てるだけで十分」  確かに性的なスイッチが入っている時の正哉は酷く魅惑的だ。同じ顔であっても祥哉には無い魔性がある。フェラチオも上手い。  絶対に身体以上のものは求めて来ない正哉は、リョウにとっては確かに良い相手なのかも知れない。  しかし祥哉には、正哉を語るリョウが彼に性的な感情だけを抱いているように見えなかった。  「ふぅん。あなたやっぱり正哉さん好きなんじゃない?」  「はぁ? 何でそうなるんだよ。好きじゃなくてあの人はセックスが上手いって言ってんの」  リョウは頑なに正哉に性的欲求以外の感情を向けていると言わない。もし本当に正哉にセックスしか求めていないなら、彼は祥哉の話を聞いていただろうか。  「……じゃあもし、正哉さんにちゃんと付き合ってって言われたら?」  「ありもしないこと言うのやめろよ」  「もし、だよ。付き合わないの?」  祥哉の質問に、リョウは険しい顔をする。逡巡してから彼は口を開く。  「…………マサさんなら付き合うよ、俺は」  「あなたも正哉さんのこと好きなんだ。僕達同じだったんだね」  「やめろ」  リョウは強い口調でそう言い、立ち上がった。そして祥哉が肩からかけている布団を掴んで引っ張る。  「あんたもうさっさと出て行け。どうせあんたはマサさんの代わりになんかなれないし、マサさんがあんたの思い通りになることもねぇよ」  「あなただって本当は正哉さんにたくさんセフレいるの嫌なんじゃないの?」  「そんなこと言ったらセフレですらいられなくなるだろ!」  ついにリョウが声を荒らげた。彼のその顔は怒っているようにも悲しんでいるようにも見える。  「あんたはそういうこと言ったから、マサさんに嫌われたんじゃないか? あの人は何も言わずにセックスしてくれる男しか求めてねえ」  「……そうやってずっと、聞き分けの良い子を演じてきたの?」  「うっせーよ!」  リョウの手が持っていた布団を払い除けた。  「最初はあの人をどうにか救えないかと考えたよ。でも俺には無理だ……関係が続けば続くほど、怖くなって何も言えなくなる。そもそもあの人はずっとああして生きてきたんだ。今更変えようったって、それが本当にあの人の幸せか?」  「正哉さんにとっての本当の幸せが何かはまだ分からないけどさ、僕はあなたみたいに諦めたりしないよ」  祥哉は立ち上がり、リョウの横をすり抜けて床に積み重ねていた服を着始めた。  「どんなことをしてでも正哉さんには僕とちゃんと向き合ってもらうんだ。……でもまあ、あなたは良い子みたいだし、とりあえず帰るよ」  服を着てる祥哉の後ろ姿を見つめ、リョウは気を落ち着けようと深くため息を吐いた。再び椅子に座り、口を開く。  「……あんまりマサさんを追い詰めるな」  「人と向き合うのに痛みを伴うのは当然なんだよ、リョウさん。あなたも正哉さんもそこから逃げてる」  そう言われたリョウは舌打ちして煙草を箱からもう1本出した。すぐに火は付けず、フィルター側でトントンとテーブルを叩いている。  「そうかもしれないけど、ストーキングはまずいと思うぞ」  「リョウさんにはもう口出さない。だからあなたも僕に口出さないで」  「…………わかったよ」  そう返事をしたリョウは口に煙草を咥え、火を付けた。  こういう諦めの良さがリョウの良いところであり、悪いところでもあるのかも知れない、と祥哉は思った。この諦め癖があるから正哉が好きでも今以上の関係を求められないし、きっと何かに打ち込むこともできないのだろう。  服を着た祥哉は玄関の方に向かう。  「それじゃあ、色々ありがとう。楽しかったよリョウさん」  「さっさと出てけ変態」  リョウに悪態をつかれながら祥哉は彼の部屋を出て行った。  今夜は絵里奈に会う予定だ。一度家に帰るのも面倒なので近くのインターネットカフェで休んでから行こう、と考えながら祥哉は歩き出した。

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