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2章 8-1
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リョウが正哉と初めて会ったのは2021年の初冬。その年に大学を卒業しフリーターとなり、セクシーキャバクラのボーイとしての仕事もすっかり慣れ、何となく日々を過ごしていた。
キャバクラと比べてセクシーキャバクラのボーイに接客能力はあまり求められない。店のキャスト達の機嫌を取りつつ仕事をこなし、遠くからおっぱいを眺める日々だ。
そんな時、何となくゲイ向けの出合い系アプリで見つけた美形の男。上げてある写真の体つきも顔も綺麗だった。
最初から自宅に来てほしいと言われたのは少し怖かったが、チャットでやり取りを暫くしていてかなりまともそうな人間だと感じていたので了承した。チャットで直接送ってくれた写真が他人が撮ったらしいものだったのと、直ぐにSNSのチャットに移動しようと言われなかったのも信頼ポイントが高かった。
待ち合わせに指定された駅が自分の家の最寄り駅だったのは驚いた。そんな偶然あるのかと思いまた怖くなったが、駅で出会った彼を見てそんな恐怖は吹き飛んでしまった。
「リョウ君、かい?」
そう声をかけられたのを覚えている。
軽く後ろに流した黒髪。少し日本人離れした彫りの深い顔は整っていて美貌と言える。長い睫毛に縁取られた琥珀色の瞳が印象的だ。冬物のロングコートを着ていても手足が長いのがわかった。目の前にいると、写真で見るより更に格好良い。プロフィールには35歳と書いてあったが、5~6歳は若く見えた。
物腰は柔らかく、チャットの時より優しそうに思えた。本当にこんな綺麗な男がセックスフレンドなんて募集しているのかとすら思った。
それから彼の家に連れて行かれた。歩いている間はあまり話をせず、無口な人だなと思った。
「マサさんってハーフとか?」
顔立ちと変わった目の色からそう聞いてみると、そうだよと彼は返した。
「母親がドイツ人で、父親は日本人らしい」
“らしい”とはどういうことなのか気になったが、それ以上は何も聞かなかった。聞かれたくないこともあるだろう。
やけに整然とした家に上がり、ロングコートを脱ぐ彼を見た。シンプルなシャツとスラックス姿。身体の線が見え、その姿がとても艶めかしく感じた。
自分もコートを脱いでいると「コート、かけるよ」と言われハンガーを片手にもう一方の手を差し出された。その瞬間、我慢ならず彼の唇を奪った。彼の背面に手を回し、臀部を揉んだ。既に自分の股間は硬くなり始めていた。
そんな自分の胸を手で押し、彼は笑った。そして「君、煙草吸うんだね」と言われた。
「歯ブラシ用意してあるから歯磨いて、そしたら一緒にシャワー浴びよう」と言われ、唖然とした。アプリで合った男の中でそんなことを言ってきたのは彼が初めてだったし、こんなに理性的にセックスしようとする男がいるのかと驚いたのだ。
ここまできて彼に家から追い出されるのも嫌だったので大人しく言うことを聞くと、「見た目の割に良い子なんだね」と言われた。
リョウは明るい髪色や軟派な言動と裏腹に、確かに“良い子”だ。
高校生までは見た目も地味だった。田舎町で堅実な両親に育てられ、子供の頃はゲームや漫画、アニメなどの娯楽もほとんど与えられていなかった。
中学生までは勉強ができる方だったが、高校生になった頃から急に何もかもに無気力になり学力が落ちた。そんなリョウに両親は失望し、最初こそ彼に怒鳴ったり無理にでも勉強させようとしたりしたが状況は変わらず、やがて何も言わなくなった。
リョウ自身も何故自分が無気力になったのかわからず焦りと絶望を感じていた。いけないと思いながらも心の奥底で、両親の堅実過ぎる育て方が悪かったんだと思った。
リョウは優秀だった頃の自分を知っている家も田舎町も、どうしようもなく息苦しかった。
高校3年生になり、両親に東京の大学に行きたいと言った。地元の大学ではだめなのか、東京で何かやりたいことがあるのかと両親は不安そうに聞いてきた。ただ今いる所が息苦しかっただけだったが、「このままじゃ駄目だと思うから東京でやりたいことを見つけたい」と言った。
運が良いことに、両親は自営業でそれなに稼いでいた。リョウを私大に行かせ、仕送りをしながら東京で一人暮らしさせるくらいの金があった。
両親を納得させたリョウは高校を卒業して上京し、自由を得た。自分のしていることがどうしようもなく駄目な人間のすることだとわかっていたが、大学ではほとんど勉強せずに遊んでいた。
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