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2章 8-2

 無気力で自堕落な日々。根の真面目さは変わらなかったので本当に危ないことには手を出さなかったし、ギリギリ卒業できるだけの大学の単位は取った。しかし就職活動はせず、したいことも見つからないまま大学を卒業し、フリーターになった。  自分の親の教育や境遇、時代を言い訳に、ひたすら“頑張ること”から逃げ続けた。ただ他人の前では愛嬌を見せ、同調し、嫌われないように生きてきた。  だから正哉の言うことにも従った。特に彼は今まで出会ってきたどの人間よりも美形で、知的で、蠱惑的な男だ。絶対に嫌われたくないと思った。  セックス中の正哉は想像以上に淫らだった。  陰茎にしゃぶりつかれあっという間に射精させられてしまったのは焦ったが、彼が相手だと勃起が止まらなかった。彼の中は熱く吸い付いてきて、突き上げる度に嬌声を上げる彼はとても唆られた。  行為が終わると正哉にすぐに出ていくように言われた。セックス中とそうでない時とで差が激しい人だと思った。  「マサさんって、本命とかいるの?」  服を着ながらそう尋ねると、彼は眉を眉間に寄せた。  「恋人ってこと?」  「恋人とか、好きな人とか」  「いないよ。いらないから。君がそういうつもりならもう会わないけど」  「いや、そうじゃない。俺も恋人とかめんどくさいし。ただ、いるのかなって思って」  嘘だった。正哉ともう会えないのが嫌でそう言ったが、この時既に彼に落とされていたのだ。  恋人がめんどくさいと言うのは本当だ。しかし彼となら付き合いたいと思ってしまった。  「それならまた会おう、リョウ君」と返され、リョウは笑顔を返した。内心はとても複雑だったが、少なくともセックスフレンドとしては合格ということだった。  年齢は1回り以上も離れているし、人間としての出来があまりも違い過ぎるが、正哉の本命になれたらどんなに良いだろうと思う。  あれから何度正哉とセックスしたか、もう覚えていない。彼はいつもセックス前に歯磨きさせ、シャワーを浴び、挿入時にはコンドームを付けさせる。そして終わったらすぐに帰るように言う。2年経ってもリョウに付け入る隙などなかった。  ある時、リョウは少し勇気を出して性交の後にラーメン屋に行かないかと正哉を誘ったことがあった。絶対に断れるだろうと思ったが、正哉は少し驚いた顔をしてから微笑んで、「いいよ」と言った。  2人で駅前のラーメン屋に入った。会話は少なく、ラーメンを黙々と啜っていると、正哉が何故か少し嬉しそうな顔でこちらを見ていることに気づいた。  「どうした?」  リョウがそう尋ねてみると、正哉は目を伏せた。  「昔ね、私の人生でたった1人、好きだった人がいたんだ」  「うん」  「その人と1度でいいからこんな風に外で一緒に食事できたらなって、思ってた。それをちょっと思い出しててね」  「…………? そうか」  リョウは2つの意味で驚いた。正哉が好きな人がいたのは人生でたった1度きりだったこと。それがどうやら片思いだったらしいこと。  そして何故自分とラーメンを食べていてそれを思い出したのか疑問でもあった。  「マサさんと飯にすら行ってくれないなんて、変わった人だな」  そう言ったリョウに、正哉は「そうかもね」と笑って言った。好きだった人について、それ以上のことは何も話してくれなかった。  彼がその人のことを話したのはその時だけで、一緒に食事をしてくれたのもそれが最初で最後だった。  それでもリョウは彼が好きだった。初めて彼に会った頃は他の男ともセックスしていたが、すぐに彼以外とセックスできなくなった。彼だけで十分だし、他の男とのセックスなどつまらなくなってしまったのだ。  2023年6月、いつもほとんど変わらない様子の正哉が初めていつもと違った。自分の手を掴み、明日の朝まで一緒にいたいと言う彼が、リョウは信じられなかった。  正哉と朝まで何度でもセックスしたかったし、あわよくば彼に恩を売って恋人になりたかった。2年間待ち続けていた彼の“隙”は今しかないのだとわかっていたのに、そこに付け入ることはできなかった。それくらいリョウは良い子だ。  本当に好きなら好きな人が弱っているところに付け込むな、なんて綺麗事過ぎて自分でも笑ってしまう。結局そうやって正哉からも逃げているのではないか。恋愛すら頑張れないのだ。  祥哉が羨ましかった。身勝手に正哉を想い、あんな極端な行動に出るなんて自分にはとてもできない。  しかし祥哉という異常な男が自分の前に現れたことでリョウは気づいたのだ。逃したと思っていたチャンスはまだ自分の手の中にあると。  そして決めた。与えられたこのチャンスだけは絶対に逃さない。正哉だけは諦めないと。

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