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3章 4-1
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──火曜日、20時。
カジュアルな夏物のセットアップを着たリョウは正哉の家の前にいた。明るい色に染めた髪が夜風に揺れる。
土曜日の朝に祥哉と出会い、今日はそれから待ちに待った仕事がオフの日だ。
正哉は金曜日か土曜日の夜以外は事前に連絡をしていないと部屋に入れてくれないし、連絡をしても断られることが多い。しかし今回は連絡を入れたら承諾してくれた。リョウはセックスのためではなく、西祥哉について話したいとメッセージを送ったのだ。
リョウは意を決して正哉の部屋のインターホンを鳴らした。
暫くしてドアが開き、正哉が顔を出した。
「やあ、いらっしゃい」
そう言って微笑んだ彼は、黒いタンクトップとグレーのスウェットを着ていた。シャワーを浴びたばかりなのか、下ろした黒髪は少し湿っている。完全に部屋着で出迎えるなんて珍しいな、と思いながらリョウも笑った。
「よう、マサさん。ごめんな平日に」
「いいんだ、入って」
正哉に招き入れられたリョウは玄関に足を踏み入れた。履き古した革靴を脱ぎ、部屋に上がる。ダイニングキッチンを通り過ぎ、奥の部屋へと入る正哉に続いた。
「その辺座って。なんか飲む?」
「いや、お構いなく」
部屋のローテーブルには既に日本酒の瓶とグラスが1つ置かれていた。正哉が飲んでいたらしい。ローテーブルの横に座りつつそれを見ていると、正哉がまた声をかける。
「君も一緒にそれ飲む?」
「いや、日本酒は苦手なんだ」
「そう」
リョウは普段缶チューハイかサワー系の酒しか飲まない。甘いカクテルや果実酒も飲めるが、飲み心地がスッキリしたものの方が好きだ。子供舌で、ビールも焼酎も日本酒もワインも苦手だ。
正哉がローテーブルを挟んでリョウの正面に座った。日本酒を一口飲む。
「……祥哉さんに会ったの?」
前置き無しの本題だった。
よく見ると正哉の顔には疲労が浮かんでいる。早く話を終わらせたいのかも知れない。そう感じたリョウは顔から笑みを消して頷く。
「この前の土曜日の朝、仕事から帰る途中に突然あいつが現れた。どうも尾けられてたみたいで」
「リョウ君が尾けられてた? 何で?」
「俺がマサさんのセフレなのが気に入らないらしい。だからもうマサさんに近づくなって」
リョウの話に正哉の眉間に皺が寄る。
「……それで、君は何て?」
「祥哉さんがマサさんの代わりしてくれるならいいって……」
「…………はあ?」
険しかった正哉の表情が、呆れと驚きに変わる。その反応に慌てたようにリョウは言う。
「いや、その、そう言えばあいつ嫌がってどっか行くかなって思ったんだ」
「それで祥哉さんどっか行ったの?」
「いや、行かなかったっていうか……マサさんの代わりになるって言うから俺の家に上げたんだけど」
「はあ??」
正哉は更に呆れた表情をした。完全に脳みそちんこの馬鹿だと思われたな、とリョウは察しながらも話を続ける。
「で、でも結局ヤらなかったんだ。あいつキスすら嫌そうだったし、マサさんと同じ顔した全然別人って感じが……俺も気持ち悪くて」
「ふぅん。それで祥哉さん大人しく帰ったの?」
「まあ、その後ちょっと話して帰ったよ。俺のすることにはもう口出さないから俺もあいつがすることに口出すなって」
「あ、そう。何事も無かったならよかった」
そう言って正哉は日本酒をまた一口飲んだ。
何事も無かったということになるのだろうか。少し安心した様子の彼に、リョウ。
「で、あいつ何なんだ? それを聞きたくて来たんだ。あいつとヤったって本当か?」
その質問に、正哉の顔に険しさが戻って来た。
「あの人にどこまで聞いたかは知らないけど、私とあの人は双子だよ。でも初めて出会ったのは先月。セックスしたのは本当」
「それって……、生き別れってヤツ?」
「そういうことになるね。私が軽い気持ちであの人とセックスしてしまったばっかりに君にも迷惑かけた。すまないね」
「いや……それは別にいいけど」
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