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3章 4-2
土曜日の自分と祥哉とのことは正直今は何とも思っていないリョウ。それより正哉のことをもっと知りたかった。どうも彼は浅い情報しか出してくれない。
「マサさん、俺はもっとちゃんと知りたいんだ」
「ちゃんと?」
「うん。何でマサさんと祥哉さんがずっと離れ離れだったのかとか、何であの人がマサさんにあんなに粘着してるのかとか……。いや、なんかもう、マサさんのこともっと知りたい」
言いながらリョウの頬が赤く染まった。もう回りくどいことを言っていても仕方がない。正哉とちゃんと向き合うと決めたのだ。もう逃げないと。
正哉は彼の言葉に唖然としていた。
「私のこと?」
「そ、そう。あんたのこと、2年も一緒にいるのに全然知らない。マサさんの家族のこととか、仕事のこととか、何が好きかとか、どこ出身なのかとか……知りたいんだ」
「あの、リョウ君……そんなこと君が知ってどうするんだい?」
「どうするとかじゃないんだよ!」
突然リョウの口調が強くなり、身を乗り出してきたので正哉は戸惑った顔をした。その表情に、リョウは慌てて座り直す。
「あ、ごめん……。俺……その……」
気まずくなり、俯いて正哉から視線を逸らしたリョウ。すると正哉が移動し、リョウの真横に座った。その手が頬に触れて来て、驚いて顔を上げると、真剣な表情の正哉がこちらを見ていた。
「リョウ君、どういうことなんだい?」
正哉の肩が自分の肩に触れるか触れないかのところにある。彼の熱をすぐ近くに感じる。琥珀色の瞳がじっと自分を見ている。
リョウは、震える唇を開いた。
「俺……マサさんのこと好きだ。本気で」
ついに口に出した、ずっと怖くて言えなかった言葉。正哉の両眼を見て逃げずに言うことができた。
正哉は目を見開き、そして悲しそうに笑った。
「…………そっか」
「困るよな、こんなの」
正哉に拒絶されるのか、とリョウは思った。誰も愛すことのない彼を変えることなどやはり自分には無理なのだろう。そう考えていた時、正哉がリョウの手に自分の手を重ねてきた。
「ありがとう、リョウ君。……残念だけど、じゃあ今から恋人になろうとは言えない」
「あ、ああ……そうだよな」
やはりもう会えなくなるのか、とリョウは思った。しかし正哉は軽く首を横に振って続ける。
「いや、君は私のことをまだ知らないでしょう? 実はね、君は私にとって少し特別なんだ」
「え?」
“特別”とは何なのだろう。確かにリョウは正哉のことを何も知らない。だから知りたいと言ったのだ。
困惑しているリョウに、正哉。
「私の話を聞いてから君も考え直した方がいい。話を聞いてもまだ私のことが好きだと言えるなら……私も君とちゃんと向き合いたいと思う」
「マサさんの話?」
「そう。君はね……昔私が好きだった人に雰囲気が似てるんだ。本当の私のことは、彼を抜きにして語れない」
正哉の言葉に驚愕したリョウ。1度だけラーメン屋で話していた好きだった人のことを言っているのだろう。その人に自分が似ていると言うのか。
「話してくれ、聞きたい」
リョウがそう言うと、正哉は目を伏せた。
「うん。……彼の名前は白城拓真。君は彼に比べたら随分良い子だけど、初めて会った時から似てると思ってたんだ」
それから正哉は全てを話した。
幼少期の自分の荒んだ家庭環境。7歳の時に現れ、自分に性的虐待をしていた白城。10歳で母親が再婚し、今最愛の存在である絵里奈が妹になったこと。
そして14歳の時に再会した白城とセックスフレンドになったこと。16歳の時に彼が殺され、それが自分の所為かもしれないこと。
リョウは正哉の話を神妙な面持ちで聞いていた。勝手に正哉の印象から、彼は堅実な家庭に育ったのだろうと思っていたので、壮絶な家庭環境に驚いた。
考えてみれば、まともな家庭に育っていたら正哉は誰も愛さず、何人ものセックスフレンドを作るような人間にはなっていなかったかも知れない。祥哉が「正哉さんだって本当はやめたいはずだ」と言っていたのもこの話を聞けば納得がいく。
「……それで、その白城って人が亡くなってから正哉さんはどうしたんだ?」
「どうした?」
「だからその……彼の代わり、みたいな人っいたのかなって思って」
正哉の今の性生活を鑑みれば、高校背時代の彼が白城を亡くしたことでスッパリと男性とのセックスがやめられたとは思えなかったのだ。
1つ長めに息を吐いてから、日本酒を1口飲んだ正哉。
「彼の代わりになる人はいなかったよ。でも、高校に入学してケータイを買ってもらったからね。出会い系の掲示板で手当たり次第って感じだった。当時は界隈のこともよくわからなかったから、本当に誰とでも」
「わぁ……」
彼の親は彼に携帯電話を買い与えるべきではなかったな、とリョウは思った。少し引いているリョウを見て、正哉は自嘲気味に笑う。
「別に欲しいとも言ってないのに手元に物凄いお金が入ってきた。何度か死ぬんじゃないかってくらい危ない目にもあったけど、慣れてきたら何人かの固定をローテーション。高校卒業するまでそんな感じだった」
「高校卒業してからは?」
「まあほとんど変わらなかったけどね、群馬の大学に行ってたから東京の人とはそこで切れたよ」
「えっ、マサさん群馬の大学行ってたのか?!」
やけに驚いているリョウ。そんなに東京出身の人間が地方の大学に行くのは珍しいだろうか、と正哉は僅かに首を傾げる。
「うん、実家出たかったから……」
「俺、群馬出身なんだよ」
「そうだったの?」
正哉はリョウが驚いているのに納得した。
「偶然だね。あんな田舎出身だったんだ」
「はは、そうそう。あんな田舎出たくて東京の大学入ったんだ」
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