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4章 1-1

4章 1  日曜日、午前8時。  リョウは仕事が終わった後、一旦家に帰ってシャワーを浴びてから正哉の家に向かった。  7月上旬、昨日の雨は上がり、今日は1日晴れの予報。朝でも既に気温は高く、今日のリョウは半袖のシャツにブルージーンズ姿だ。シャツの襟には紫色の花の刺繍が小さく入っている。  リョウが正哉の家のインターホンを押すと、すぐにドアが開いた。出てきた正哉は藍色のノーカラーシャツとライトグレーのスラックスを着ていた。今日は部屋着じゃないのか、とリョウは少し残念に思いながらも笑みを浮かべる。  「おはよ、マサさん」  「おはよう。早かったね。1回寝てからおいでって言ったのに」  正哉も笑顔でそう返した。長めの前髪が目元にかかるのを手で掻き上げる。  彼に近づき、玄関に入るリョウ。  「早く会いたかったんだよ」  そう言って正哉の唇にキスをする。家のドアを閉めながら正哉の尻を撫でると、正哉がその手を掴んだ。   「待って、待ってよリョウ君」  何故か焦っている様子の正哉に、リョウは首を傾げる。  「火曜日からずっと待ってたんだけど……」  「いや、ごめんね? まだ絵里奈……妹が部屋にいるんだ」  彼の言葉にリョウは目を丸くした。  「い、妹さん?」  「うん。寝てるから静かにしてね。そう簡単に起きる子じゃないけど」  そう言って正哉は奥の部屋に向かい、リョウはその後に続いた。部屋のベッドには確かに女性が寝ている。  いつも正哉とセックスしているベッドに女性が寝ているとは、少し複雑な気分になったリョウ。昨日あったことは正哉からSNSのメッセージで連絡を受けているので粗方知っている。絵里奈はどうやら昨夜そのままこの家に泊まったらしい。  「その、妹さんが祥哉さんを殴ったのか? アイロンで」  床に置かれたクッションに座りながらリョウは尋ねた。目の前のベッドの上で眠る長い黒髪の女性は、見れば見るほど大人しそうで小柄な女性だ。とてもアイロンで男を殴って病院送りにするような人には見えない。  正哉も座って首肯する。  「そうだよ。病院でちゃんと診てもらえるまで結構待たされたし、2針縫う手術して、色々検査とかもあって、昨日は帰ってくるの夜になっちゃった」  「医者にはその怪我の原因、何て言ったんだ?」  「事故でたまたま上に置いてあったアイロンが落ちてきて当たったって言った。祥哉さん自身がね」  「へー。それで祥哉さんは家に帰ったのか?」  「ううん、本人は元気そうでも怪我したのは頭だからね。脳震盪は起こしてないらしいけど、まだ術後の検査とかしなきゃならなくて、明日まで入院するみたい」  「そうか。まあでも、大事にならなくて良かったな」  「うん……」  神妙な顔つきで俯いている正哉。確かに大事にはならなかったとはいえ、自身の行いのせいで絵里奈は一歩間違えれば祥哉を殺していたかも知れないのだ。彼女を追い込む一因となってしまった自分が許せない。  リョウが膝の上にあった正哉の右手を握る。  「ちゃんと決着はついたのか?」  「……多分、絵里奈と祥哉さんのことはもう大丈夫だと思う。私が言うべきことはちゃんと言った」  昨日は絵里奈も祥哉も気持ちに整理がついていなかったのだと正哉は思う。もう1度ゆっくり話す機会は必要だが、2人ともちゃんと納得してくれると確信できる。  手を握り返してきた正哉に、リョウは微笑んだ。  「そっか。ひと段落だな」  「いや……まだ話さなきゃならい人がいるんだ……」  そう言う正哉にリョウは聞き返そうとした。しかし絵里奈が目を覚まし、彼が繋いでいた手を離す。そして彼は彼女に近寄る。  「おはよう絵里奈」  「……お兄ちゃん、おはよ……」  目を擦りながら絵里奈は正哉を見上げた。昨日ずっと泣いていたためか、少し目の周りが腫れている。  彼女の姿や雰囲気はとても正哉の妹とは思えないなと感じたリョウ。正哉の家族ならばもっと洗練された美女を想像する。しかし寝起きとはいえ、絵里奈は垢抜けなく子供っぽさがある。普段自分は店で派手な女性ばかり見ているから余計そう思うのだろうか、などと考えていた。  上半身を起こし、ベッドサイドにあったメガネをかけた絵里奈が正哉の後ろに座っているリョウに気付き目を丸くした。  「え、お兄ちゃんその人……」  「ああ、リョウ君だよ」  「リョウ君」  「私の恋人」  「恋人」  正哉の台詞を全て鸚鵡返しにした絵里奈。どうやら少し混乱しているらしい。寝起きで兄が急に恋人だと言って1回り以上年下の男を連れていたら混乱するのも無理はない。  リョウは嬉しそうに正哉の腰を抱き、耳にキスする。  「恋人とか言ってくれるの嬉しいな」  「リョウ君、絵里奈の前でそういうのはちょっと……」  「そう?」  正哉が本当に困ったような顔をするので、リョウは彼の腰を離した。絵里奈は子供というわけでもないのだから、これくらいのことは問題無いはずなのに何故だろうとリョウは思った。妹の前で恥ずかしいのだろうか。

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