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4章 4-1

4  最寄駅の直ぐ近くにあるチェーン店のラーメン屋で正哉とリョウはラーメンを啜る。13時を回っているが、日曜日の昼はまだ客が多く店内にいる。  正哉は豚骨チャーシューメンを、リョウは五目あんかけラーメンを食べている。  ちなみにラーメンの食券は2枚とも正哉が買った。リョウは自分で払えると言ったが、正哉に「若い子はラーメン1杯くらい黙って奢られてて」と言われ結局言われた通りにした。  「マサさんって案外ジャンキーなの好きだよな」  リョウにそう言われ、咀嚼していたチャーシューを飲み込んだ正哉。  「そう?」  「いつもコンビニで弁当買って来てる時も揚げ物とか牛丼とかばっかりじゃん」  「サラダも食べるよ」  「サラダを免罪符にするなよ」  コンビニで夕食を買って帰って来ている正哉を何度か見かけたことがあるリョウ。彼が買って来るものはとても健康を気にしているようには見えなかった。そして彼が自炊をしているところは1度も見たことがない。  「いつもお酒ばっかり飲んでるしさ、自炊とかはしねぇの?」  「しないよ。料理できないし」  リョウの予想通りの回答が返って来た。他のところは神経質なのに何故食べる物に関して彼はここまで無頓着なのだろうか。  「よく太らないよな」  「うーん、太りはしないけど健康診断でよく中性脂肪の数値が高いって言われる。あと悪玉コレステロール値。再検査面倒なんだよね」  「やっぱり……」  溜め息を吐くリョウ。正哉は如何にも早死にしそうな30代の男だ。太らないのは元の体質と食べる量が多くないからだろう。  かく言う自分も煙草を吸っているし仕事柄完全な夜型で、全く健康的な生活はしていない。しかし金銭的な問題もあり、なるべく自炊はするようにしている。  「マサさんってさ、お母さんドイツ人なんだよな?」  「そうだよ」  「ドイツ料理とか作ってくれてたのか?」  「……いや、母さんもほとんど料理してなかったよ。最近はしてる時もあるけど」  「あー、そっか。ごめん」  うっかりあまり聞くべきではないことを聞いてしまったな、とリョウは思った。それなら彼が食に無頓着になるのも料理ができないのも仕方ない。  麺を啜りながら、きっと自分は恵まれていたんだろうと考える。真面目な両親で、実家に出された食事にレトルトのものや出来合いの惣菜はほとんど無かった。季節毎に旬のものが出されていた食卓がどれほど贅沢なものだっただろう。  正哉は豚骨ラーメンのスープを1口飲んで言う。  「ああ、でも父さんは休みの日によく料理してくれてた」  「へぇ、いいお父さんなんだな」  「そうだね。長生きしてほしかった」  そう言われ、リョウは何も言葉を返すことができなかった。正哉の家族の話はあまりにも聞いて良さそうな話題が無い。リョウにとっては重すぎる話ばかりが出て来る。  それから暫く2人は黙ってラーメンを啜っていた。直ぐ近くの席の家族連れの幼い子供の声が響く。  粗方麺を食べ終わった正哉が水を飲む。  「リョウ君、この後病院行かない?」  「病院?」  「うん。祥哉さんの様子見に行こうと思って」  正哉の誘いにリョウは驚いた。あの弟を正哉がそこまで気にかけていたとは思っていなかったし、自分が付いて行っていいものなのだろうか。  「俺が一緒に行ったらあの人嫌がるんじゃない?」  「そうかも知れないけど……リョウ君は行きたくないかな? できれば一緒にいたくて」  「あ、そう?」  正哉にそんな風に言われると断ることなどできない。リョウも正哉と一緒にいたいのは同じだ。  「分かった。病院ってこの近く?」  「そうだね……ここからだと15分くらい歩くけどいい?」  「いいよ。マサさんの家行く時いつももっと歩いてるし」  「ん?」  正哉の意味がわからないと言いたげな反応に、リョウは彼に自分の家は彼の家と同じ最寄駅だと言っていなかったことに気づいた。駅の南口からであれば彼の家までは徒歩10分もかからない。  「今まで言ってなかったけれど俺の家、この辺なんだ。駅の北口側」  「え、そんなに近くだったの?」  それには目を丸くする正哉を見て、リョウは笑った。自分も最初会うことになった時は驚いたものだ。  「まあ、マサさんの家行くにはちょっと歩くけどさ」  「それなら今度リョウ君の家行かせてよ」  正哉に予想外のことを言われ、驚くリョウ。  「え、うち汚いし狭いよ?」  「でも祥哉さんは上げたんでしょ?」  「いやそれは……、まあ、そうだけど」  祥哉のことはどうでも良かったから家に上げられたのだ、と言うのも憚られる。  リョウが逡巡しているうちにスープの底に沈んでいたチャーシューを食べる正哉。それを飲み込んで言う。  「それに掃除ならしてあげるよ。慣れてるから」  「それはちょっと恥ずかしいな……、ああでも、もしうち来るなら俺が料理してやるよ。たまには健康的なもの食べないと」  「へぇ。それは楽しみ」  嬉しそうにそう言った正哉は、1口ラーメンを啜った。健康的な食事が嫌いというわけではないのかも知れない。  食べた物はやがて身体になる。食を大事にするということは身体を大事にすることなのだ。正哉が食を大事にできないのは、彼自身を大事にできていないのと同じなのではないかとリョウは思う。

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