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4章 4-2
「それにしても、リョウ君の家がこんなに近いって知ってたら私、会ってなかったかもね。怖いし」
正哉にそう言われ、リョウは危うくラーメンを食べながら笑いそうになった。自分が彼に家の場所を教えなかったのはやはり正解だったということだ。咀嚼していたラーメンを飲み込んでから言う。
「そう、近くだからオフの日はよく正哉さん家にいねえかなって覗きに来てた」
「……2年間もストーカーされてたってこと?」
「いやこれくらいならストーカーじゃねえだろ」
そう言いながらあんかけラーメンのスープの底に沈んだ野菜を探すリョウ。
「でもマサさん、マジでストーカー被害とか結構遭ってそうだよな」
「まあ、白城さんはストーカーみたいなものだったね。その他に遭ったのはほとんど私の自業自得だったかな」
「……どんな理由があってもストーカーは良くないだろ」
愛しているなら何をやってもいいわけではないし、相手に拒絶されたからといって逆恨みをするのも間違っている。ストーカーというのは相手の感情を無視した身勝手な行為だ。
「まあそうだねぇ。異常な量のメールとか電話なら着信拒否でいいけど、郵便物にいたずらされたり家の前ずっとウロウロされたりするのは怖かったなあ」
「それ、どうやって対処したの?」
「それは最終的に家のドアノブに精液かけられてたから警察に行ったよ。完全な証拠だし、相手の本名とか住所知ってたからすぐ動いてくれた」
「うわ、そいつキモいな」
正哉は自然体でも男女問わず他人を惹きつける。その上貞操観念は無く、自己肯定感の低さから相手に興味が無くてもセックスしてしまうところがある。今でもそうなのだから若い頃はもっと酷かっただろう。
スープの底から取った野菜を食べ、リョウはまた正哉に尋ねる。
「俺とちゃんと付き合うの、本当に大丈夫なのか? 俺の他にもセフレいるんだろ?」
「ああ、大丈夫だと思うよ。今は変な人と関わったりしてないから。特に長かった人達にはちゃんともう会えないってメッセージ送ったけど、怒ったりしなかったし」
「ふーん、ちゃんと切ってくれたんだ」
リョウは正哉のことなので自分と付き合ってもセックスフレンドはキープしておくものと思っていた。別にそれでも良かったが、意外にも彼はセックスフレンド達と縁を切ることを選んだらしい。
ラーメンを食べ終わったのか、箸を置く正哉。
「そうしないと多分私は変われないから」
「勇気、あるんだな。マサさんは」
「君のおかげだよ」
そう言って微笑んだ正哉に、リョウも笑い返す。しかし次に正哉が豚骨ラーメンのスープを飲み始めたのでリョウは慌てた。
「マサさんそれはまずいだろ」
「え?」
キョトンとしている正哉。本当にリョウの言葉の意味がわかっていないようだ。
「脂質! 塩分!」
ラーメンのどんぶりを指差すリョウと自分の手の中のどんぶりを交互に何度か見て、正哉は漸く理解したようだ。
「あ、スープ飲むなってこと?」
「当たり前だろ」
「勿体なくない?」
「ちょっとは健康のことも考えてくれ」
そう言って溜め息を吐いたリョウ。正哉は頭が良いのにこの食育の低さは何なのだろう。何故今まで誰も彼にそれを指摘しなかったのか。それも全て彼の育ち方に問題があったせいなのだろう。
正哉はどんぶりをテーブルの上に置いた。
「ありがとう、私なんかのことそんなに気にしてくれて」
「“なんか”じゃねえよ。あんたは俺の大切な人なんだから」
「……うん、ありがとう。私もリョウ君が大切だよ」
「ああ」
改めて大切だと言われると照れ臭くなるリョウ。こんな美形の男にそんな風に言われる日が来るとは思っていなかった。
リョウもラーメンを食べ終わり、箸を置く。早く出なければと考えながらも口を開いた。
「あのさ、マサさん。1年くらい前……一緒にこの店に来たの覚えてるか?」
「1年半前だよ。冬だった」
即答した正哉に、リョウは目を丸くした。彼がそんなにはっきりとあの日のことを覚えているとは想定外だ。
「うん、あの時話してた好きだった人って白城って人のことか?」
「そうだよ」
「……あの時一緒にここに来てくれたのは、俺がその人に似てるからか?」
リョウの質問に、悄然として琥珀色の瞳を伏せる正哉。
「うん」
「でも何であの時だけだったんだ?」
更に質問を重ねて来られ、彼は自分の手元に目線を下ろしたまま1拍置いて返答する。
「1度君とここに来てみて、あれ以上は駄目だと思った。君と白城さんを重ねる度にどうしようもなく罪悪感が湧いたし……あれ以上は君のことを弄ぶことになるだろうと思ったから」
「そうか……」
正哉なりに自分のことを考えた結果なのだろうとリョウには理解できた。彼は今も罪悪感を抱えているだろうが、それに関しては彼を責める気などない。
彼は伏せていた両目を再びリョウに向ける。
「でもね、本当はここにまた君と来たかったんだ。ここだけじゃない、もっと色んなところに君と行きたい」
「ああ、行こう。……とりあえず今は病院だな」
リョウが明るくそう返し、正哉は少し驚いたような表情を見せた。そしてリョウに合わせるように笑みを浮かべる。
「うん、そうだね。出ようか」
そしてコップに残った水を飲み、2人は席を立った。
初夏の暑い日差しの中、2人は病院へと歩いていった。
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