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終章 1
終章
────2024年、8月中旬。
長崎県長崎市内にある墓地に正哉は来てきた。
小さな田舎の墓地だが、盆の時期であるためか他にも数組の墓参りに来た家族らしき人々の姿が見える。
正哉はといえば、祥哉と絵里奈、そしてアンネッテに囲まれている。よく晴れたこの猛暑の中、外にいると何もしなくても汗が流れ落ちる。
4人の前にある墓は正哉と祥哉の父方の親族、西家のものだ。今日は祥哉の家族であった西彰と西静子の墓参りに来たのだ。
正哉とアンネッテは日傘を差している。絵里奈はUVカットのニットカーディガンを羽織り、麦わら帽子を被って墓に供える花を持っている。
祥哉は紫外線対策など頭にないのか、タンクトップと半ズボン姿で持ってきた水のペットボトルを2本抱えている。最初その姿を見た正哉は夏休みの少年かと言いたくなってしまった。
西家の墓は暫く誰も来ていないのか周囲に雑草が生え、花も供えられていない。祥哉の祖母、西静子は生前よくこの墓に来ていたが、彼女の没後頻繁に墓参りをする者はいなくなったらしい。
墓の側に生えた雑草を抜き始めた正哉の代わりに彼の日傘を持つアンネッテ。彼に日陰を作りながら口を開く。
『日本人はなんでこんな暑い時にお墓の掃除なんてする習慣作っちゃったのかしらねぇ』
『さぁね。昔はこんなに暑くなかったんじゃない?』
ドイツ語で話しかけられたので、正哉も反射的にドイツ語で返した。
すると正哉と一緒に草を抜いていた絵里奈がアンネッテに振り向いた。
「あ、またお母さんドイツ語使ったでしょ! 私達がいる時は禁止って言ったのに!」
「あら、えりちゃんごめんね。つい」
2人のやり取りに口元を緩めた正哉。
「ごめん絵里奈、私も無意識で」
以前の絵里奈はアンネッテが正哉にドイツ語で話しかけるのを咎めなかった。今はちゃんと意思疎通できるようにと正哉以外の家族がいる時はドイツ語を使うなと常々言っているようだ。
抜かれた雑草をゴミ袋に放り込む祥哉が3人の話を聞いて口を開く。
「でも正哉さんドイツ語話せるのかっこいいなぁ。僕もドイツ人の血が流れてるはずなのに全然わからないや」
「ドイツ人の血が流れてればドイツ語話せるわけじゃないからね……」
苦笑して正哉はそう返した。それを言うならば正哉も長崎人の血が流れているが長崎弁は話すことができない。
2人の会話を聞いていたアンネッテが笑って祥哉に言う。
「あら、それなら今からでも私がドイツ語教えてあげようか? 祥哉さん」
「……流石にこの歳でドイツ語勉強し始めるのはキツいですね」
「何言ってるの、まだまだ若いじゃない。そんなじじ臭いこと言わないの。ホント彰さんに似てるわねあなた」
「そうですか……」
自分の父親はそんなに昔から年寄りくさかったのか、と祥哉は神妙な顔をした。アンネッテが正哉と祥哉を産んだのは20歳の時。当時の彼女には6歳年上の彰が年寄りくさく見えていたのかも知れない。
抜いた雑草を祥哉が持っているゴミ袋に入れる絵里奈。
「祥哉さん、草これくらい抜けばいいかな?」
「いいんじゃない? かなり綺麗になった。正哉さんもありがとう」
「うん」
絵里奈が祥哉をアイロンで殴ってから1年と少し。2人も漸く普通にコミュニケーションが取れるようになってきた。あれから2人が顔を合わせるのに半年ほどかかったし、今も2人だけで会うことはない。
それでもみんなで墓参りに行かないかという祥哉の提案に、西家と全く関係の無い絵里奈も賛同してくれた。確かに4人は“家族”になってきている。
「リョウ君も来れば良かったのにねぇ」
アンネッテは相変わらず正哉に日傘を差しながらそう言った。
水とタワシで墓を洗いながら正哉は言う。
「リョウ君、今実家に帰ってるからね。そもそもリョウ君にはこのお墓関係ないし……」
「正哉のパートナーなら関係あるでしょ」
「法的には他人だけどね」
「あら、冷たいのね。そんなこと言ってると愛想尽かされちゃうわよ」
アンネッテはそう言って正哉の肩を叩いた。
リョウとアンネッテも既に何度か会っている。彼女が正哉がどんな男と付き合っているのか見たいと言うので正哉が仕方なく会わせたのだ。
ちなみに彼女がリョウを見た時の第1声は「あら、拓真君にそっくりね」だった。それには正哉もリョウも苦笑するしかなかった。
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