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攻防戦
父さんが俺に下した命令。
それは『プラネット』の店の中の一つで働けというもの。
それも上層部が集まるうちの本社じゃなく店の方でだ。
しかも、ただのバイト。
俺には父さんの考えていることがさっぱりわからないけどやりたくない理由だけはハッキリしていた。
社会経験がどうの以前の問題だ。
「社長の息子がバイトで働くとか、本気で言ってるならいい笑い者だろ。頭でもおかしくなったのかよ?」
勘弁してくれという態度をそのままに、俺は再びソファーにドサッと座り込む。
何か間違っていることを俺が言っていると思うのなら言い返してみろ、とばかりに、父さんを睨んだ。
ところが、しれっとした口調で「それなら心配ない」と返されてしまう。
「おまえが私の息子だということは一切隠して働いてもらうことになるから安心しろ」
「…は? どういうこと?」
「おまえは面接で採用した、ただの新人だ」
「しっ…は、はぁ!? ふざけんなよ!」
たったいま座ったのも束の間、バッと勢いよくソファーから立ち上がって食ってかかった。
身分を隠して働くなんて、そんなのはなおさら納得がいかない。
面接? 採用? この俺が新人???
「…まさか、俺に雑用でもやらせる気じゃないだろうな? それこそ冗談じゃないし、なんで俺がそんなことしなきゃいけないんだよっ それじゃ学生のバイトと変わんないじゃん!」
「だから最初からそうだと言ってるだろ」
「…っ …な、なんでだよっ」
最悪。
こんなことならもう少しパリに居座っていればよかった。
向こうで通っていたスクールが終わったから日本に帰っては来たものの、まさかこんなうざい思いをするハメになるとは……。
あまりのショックと混乱で返す言葉も弱々しくなっていく俺に、父さんは容赦なくたたみかけてくる。
「場所はもう決めてある。前に話したことがあるだろう、覚えているか? 去年オープンしたばかりの『パティスリー・ルナ』だ」
「……、…あぁ、…覚えてるよ」
その名前だけはなんとなく記憶していた。
たしか去年、うちの会社『プラネット』は初めてスイーツ業界に参入を決めたはず。
その一号店となる『パティスリー・ルナ』を新宿にオープンさせたんだっけ?
普通の街のケーキ屋よりもワンランク上の高級スイーツを扱う店で、テレビや雑誌でも取り上げられて上々のスタートだったって話だ……。
けど、俺はその店に行ったこともなければそこのスイーツを口にしたこともない。
だから今その話を聞かされるまですっかり忘れていた。
「トップの人間にだけは口裏を合わせてもらう必要があるから、責任者が一番信頼できる店を選んだつもりだ。もう向こうには話を通してある。出勤は来週からだ」
「はぁ? ちょっと待てよ、来週って…」
さっきから聞いていれば、俺に何の相談もなしに勝手なことばかり。
まるで一年先までスケジュールがガラ空きの暇人だとでも思っていそうな口振りだ。
こっちは、日本に帰ってきてから久しぶりに会う友達との予定で当分は埋まってる……。
てか、そうじゃなくて。
根本的にまだ何も納得できていないのに、そう簡単に従えるわけない。
「本気で言ってる…?」
「当然だろう。おまえのためを思って決めたことだ」
父さんはもっともらしく言ってのけるけど、これのどこが俺のためなんだか。
こんな強引なやり方で納得させられるとでも思ったのかよ。
そもそも、本当に俺のためを思っているならこんな強行突破には出ていないし、もっと親身になって話し合う時間を作っていたはず……。
はぁ……。
お願いだから、部屋の隅からカメラマンが出てきてデカデカとドッキリ大成功って書いてある看板を手に芸人だかタレントだかが「テッテレ〜♪」と現れるあれであってほしい。
今なら「冗談でした⭐︎」で笑って許せる。
「俺が、どうしても嫌だって言ったら?」
「嫌だと言い張っておまえが日本で何をする気なのか知らないが、仕事にも学校にも行っていないような人間をこの家の息子として扱うことはもうできない。いきなり追い出しまではしないが、これまでのように援助や小遣いがあるとは一切思うな」
これが大事な愛息子に向けられた言葉なのかと俺はしばらく開いた口が塞がらなかった。
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