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第3話

「だからほどほどにって言ったのに……せめてタクシー乗り場まで頑張ろうよ……お、重い……僕まで潰れそう」 「無理ぃ……アプリで呼んで……」 「あ、アプリ? ああ、最近はそういうサービスもあるんだっけ……えーと……」  機能の少ない格安スマホで検索してもてんでわからない。バーとかホテルとかの夜の店はもう頭の地図に入っているくせに、後期高齢者でさえ機械に詳しい人だっているのに。  我ながら情けないったらありゃしない。 「ご、ごめん。近くにビジネスホテルあるから、そこまでは送るよ」  春川くんの巨体を大荷物だと思って、ふうふうと息を荒げながら一歩ずつ歩を進める。  店から五分もしないはずのホテルがとんでもない体感だった。しかも、深夜なのでシングルしか空いていなかった。  受付の男性が申し訳なさそうに、そして酔い潰れた春川くんをチラ見しているもので、僕も「休ませるだけなのでセミダブルで良いです」と言わざるを得なかった。  何とかベッドに春川くんを寝かせて、一仕事終えたかのような深く長いため息。肩や腰どころか、腕も脚も身体中どうにかなるかと思った。  中年と言っても、日頃から運動したり子供と遊んでいることに慣れていないから、春川くんには悪いがどっと疲労が押し寄せる。  なんとか鞄と共に持って来た春川くんのスーツのジャケットをハンガーにかけていると、春川くんが低く唸り声を上げた。  酒が回った暑さで汗がじっとりとYシャツに染み付き、ネクタイも外せそうにない。  シャワーに入って酔いを醒ましてほしいところだが、とてもじゃないが自分では服すら脱げないだろう。目を細めて不快そうにしている。  ……仕方ない。不可抗力だが、自分がやるしかない。このままにしておいて風邪でも引かれたら困る。  酒の席で崩していたネクタイを外し、そっとシャツのボタンに触れる。ああ、本気で変なことをしているみたいだ。単なる介抱なのに。  でも男としての欲望は枯れることを知らず、肌を露出させていくたびに、ゴツゴツした鎖骨や引き締まった胸筋、そこに浮かぶ水滴がエロティックだ。舐めてみたい……。きっと塩辛い汗の味と若い肌の弾力がするのだろうな……。 「んん……」  そんなことを妄想してしまったからか春川くんがまた唸る。驚いてそれ以上は脱がせなかった。 「……熊野課長ってぇ……俺のこと……好き……なんすか……?」  春川くんの目元は腫れぼったく、元から垂れ目がちだったが、据わってしまっているせいで見つめられるだけでドキドキする。 「へ? ……へっ!?」 「俺は……今なら……やらしいことしても、いいかも……なんて……」 「な、ななな何言って、春川くんっ」 「課長……俺……ここんとこずっと相手居ないからすげぇ溜まってて……」  ぼんやりした春川くんの手が、後頭部を鷲掴みにした。結果、春川くんの顔が迫ることになる。  い、良いのだろうか。ノリでこんな風になってしまったけど、部下と一線を越えるのは……いやしかし、何故か今こうして誘って来ているのは春川くんだ。  自分は何もしていない。か、考えはしてしまったけど、その、キス以上のことはしなければいい。……必死に我慢して。  ゴクリと唾を飲み込んで、緊張しつつも目を瞑り、唇を突き出した。  しかし春川くんはそんな僕に目もくれず、頭を掴んだまま、自らの空いたスペースへうつ伏せになるよう押し付けた。  まるで女の子を……って言うよりも力は強くて、クッションでも抱き締めているような感じだ。 「え、え?」  状況が理解できない。そういう雰囲気ではなかったのか? やっぱり嫌になったのか? じゃなくて、現実はと言うと。 「…………寝た?」 「ぐごぉッ! がああぁぁぁ……」  すごい勢いでいびきを立て始めた春川くん。もろに意識を飛ばしている。とろんと溶けていた瞳は、単に朦朧とするほど眠かったせいだろう。  男二人で一つのベッドに……しかも僕がゲイなのはばれている。彼が起きた時、どう説明したものか……。  耳元でのいびきはかなりうるさかったが、春川くんと二人きりだなんて、春川くんの香りや鼓動がわかるほど密着しているなんて、至福すぎる……。  僕のこの胸の高鳴りは高血圧とか心不全とかじゃないのか? 私生活のだらしなさや年齢的にあり得なくはないぞ? と思いつつ、甘い感情と信じ込んで……でも、そっちの方が病院に行っても治らない。  どうしようどうしよう。いびきと重なって、酒が入っているのに僕の方はあまり眠れない夜を過ごした。

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