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第5話

 春川くんの様子が明らかにおかしくなったのは、あのホテルの一件から数週間経った頃だった。  昼休みにとっくにコンビニ弁当を食べ終わったはずの春川くんが、デスクで何やら見たことのない神妙な形相で読書をしている。  自分が知っている春川くんはそんなキャラじゃなかったと思うのだけど。 「あれ。春川くん、なに読んでるの? 漫画?」 「え? あ、ああー……そうっす。ほら、バスケの……」  春川くんは表紙を見せながら言った。  世代ではないが、おじさんでも知っているくらい有名なスポーツ漫画だ。それもバスケとなれば、経験者の彼のツボに入ることは間違いない。 「そうなんだ。この世代の漫画は全然わからないんだよね。ちょっと見せてくれない」 「いやっ!!」  何の気なしに中身を見ようとすると、春川くんは妙にそわそわした様子で立ち上がった。  酒も飲んでいないのに赤ら顔で、汗ばんでいて、そんなに白熱した場面を読んでいたのかと感心する。 「あ、ああ、ごめん。邪魔だったかな」 「いいえっ、そのっ、違います、課長のせいでは……あー、ちょっと便所行くところだったんで! す、すいません、失礼します」  春川くんは漫画を持ったまま部屋を後にした。休み時間といえど堂々とデスクで読むのはまずいと思ったのか、トイレで腰を据えるつもりとか? それはそれでどうかと思うけど。  まあ、本人がトイレに行くと言っている以上は、無理に引き止めて説教する訳にもいかないし……。  今日の仕事も自分なりには頑張った。  部下も全員帰るのを見届けてから、支度をしてふと春川くんのデスクに視線をやると、鞄にしまい忘れたのか例のスポーツ漫画がぽつんと置いてあった。  彼はよほどこの作品が好きらしい。肌身離さず持ち歩いては、隙間時間に熱心に読み込んでいる。  そんなに彼の心を掴んで離さないものとは、いかほどか。純粋に興味が湧く。春川くんには悪いが、ほんの少し覗くだけなら怒られないかもしれない。 「これは……?」  表紙のカバーがずり落ちた先には、少女漫画のような絵柄の男二人が抱き合っている。コマを読み進めるごとに、あれよあれよと事は進み、そのまま彼らは情事に……。  最近のスポーツ漫画はこんな事情も描くようになったのだろうか? というか彼らは根本的に体格もほっそりしており、バスケ選手には見えない。  よくよくページを見返すと、「BL」の文字があった。ボーイズラブ……主に女性をメインターゲット層にしているジャンルだ。  需要が増えているので設定はかなり多様にはなったが、基本的には万人受けする耽美な絵と、男同士であることの葛藤など、切ない恋物語などが人気である。  ゲイ向け作品とは、似ているけどちょっと違う感覚だ。  どうして春川くんがBL漫画を? それも、スポーツ漫画だと嘘をついてまで?  もしかして、春川くんは元々その気があったのか?  疑問しか浮かばないが、さすがにこれを看過することはできない。社内に私物を忘れていったのはさておき……とにかく、今の春川くんの気持ち。ただそれが知りたい。

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