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第6話

 僕も心の整理をするのに少し時間がかかり、週を跨いでしまって数日。  昼休みの屋上に春川くんを呼び出して、まずはホテルでの一件を聞いた。  漫画のこと以上に、あれは二人とも「酒に酔っていただけ。何もなかった」と、真面目に話していなかったし、何よりも春川くんが忘れたいだろうと、口を慎んでいた。  並んでベンチに座り、うなだれる春川くん。言いたくないなら漫画だけ返そうと思ったが、彼はどこか遠くを見つめていた。  彼が入社以来、笑顔は何度もあれど、一度も見たことのないほど固い表情。 「……あの後、俺、すげぇ考えたんです。俺はずっと女の子が好きで、人並みくらいの経験はさせてもらったし、上手くいかなかったからまだ独身だけど、付き合ってる時はその子のことしか頭にないくらい大事にしてたつもりです。高校の進路相談で何となく思った俺の人生設計は……それなりの大学と会社に入って……良い子がいたら良い時期に結婚して……子供つくって、良い父親になって、良い家庭を築くこと……。でもそんなの曖昧すぎるし、何より……それを聞いたら課長はどう思うかな、って……。おかしいですよね、俺の人生のはずなのにいつの間にか課長が入り込んで来てて……」  シリアスモードの春川くんは、ふと立ち上がって頭を抱えた。  そうして天に向かって、いつもの快活で、かつよく響く声で叫び出した。 「だああああああ!! 俺……俺っ……ぜってぇ課長のこと男として好きになっちまったんです!!」  ……ん?  あの重苦しい空気から何故こうなった? 「でも課長も、いくら男だからって誰でもいい訳ないですよね? 俺のこと……少しは恋愛対象として意識してくれてますよね? だからあの日、あんなに酔った俺なんていつでも襲えたはずなのに、介抱しただけで手を出さなかった……。ま、まあもう既に性欲発散した後だから無理だったのかもしれないっすけど」  あの出張ホストの子か。春川くんとのことがあってから呼んでいないが、やきもちを妬いてくれているのであれば、何だか不思議だがちょっと嬉しい。  とは言いつつも、手を出さなかったのではなく春川くんの力が強すぎて身動き取れなかっただけなんだけどね。彼に性的なことをしたいと思ってしまったのは事実だし。 「……確かに、僕も男だから性欲が溜まったらそういうサービスや行きずりの……もちろんなるべく好みの相手と経験することもあるよ。でも……」  裏を返せば孤独だから。黙っていたら誰も僕なんて相手にしてくれないから。  わざと間抜けなマスコットみたいになって、嫌われないように努力して、それで何とか相手をしてもらう。物心付いた頃からずっとそうだった。  見た目を辛辣に言われるのは慣れっこだけど、中身までこっぴどく責められたら、きっと立ち直れない。  自分だけを見て、大切に愛してくれる存在がもしいたら、こんな風に寂しくも思わないのかと、時折夜に咽び泣いている。  なのに、今それを申し出てくれているのが、よりにもよってどうして一番可愛くて幸せを願っている春川くんなんだ。 「……そんなの……生意気に聞こえるかもしれませんけど、俺なら課長を幸せにできる自信ありますよ! 二度と寂しい思いなんてさせません! だから、俺と……!」 「逆だよ……君は最高の部下で男だからこそ、一時の感情で人生を狂わせたくないんだ」 「はぁ!? これが一時の感情って……仕事も手に付かないくらい散々悩ませておいて……。ぶっちゃけ課長の方は俺のことどう思ってるんすか。嘘は禁止っすよ。本音ぶつけてください」 「……元々、すごくタイプで……君のような人がパートナーだったらどんなに素敵だろうって、部下にこんな気持ちを寄せるのはいけないことだってわかってるのに、何度も考えた。……僕も春川くんが好きだよ」 「じゃあなんでだよ! お互い好きなら付き合うってもんだろ、普通! これが男女なら速攻くっ付いてハッピーエンドのくせに!」  悪態をつきながらも、春川くんはものすごく実直な人間だ。 「そうやって身を引くのがカッコ良いとでも? それとも年の功ってやつですか? これだからオッサンは……」  声が震えているし、心底口惜しそうに眉をひそめているし、僕に向けられている眼光には怒りよりも縋るような気持ちの方が大きいし、それに……今にも頬を伝いそうなほど涙を溢れさせている。  報われない恋がつらくてたまらないのは、僕が一番よくわかっている。だから突き放すしかない。 「…………俺、課長のこと本気で……。はあぁ……この会社で! 一番頼りにしてた上司に振られるとか! 精神的にキツすぎですよ!! わかりました、もう行きます。いろいろ迷惑かけてすいませんでした」  スーツの袖で涙を拭い、春川くんはぶっきらぼうに言ってその場を立ち去ろうとする。

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