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第5話
と、なんとかサシ飲みを取り付けたものの、当の咲夜は酒にはめっぽう弱いのか、ものすごく薄めたウーロンハイを眉間に皺を寄せながらちびちびと飲んでいる。
それだけでもアルコールが回ってきたのか、色白だから目立つくらいに皮膚が真っ赤だ。
思い返せば、当時のメンバーで飲み会は何度もしたことがあるけど、咲夜は来ないか来てもつまらなそうに、正に一匹狼を貫いていて酒を嗜んでいるところは見たことがなかった。咲夜にしては意外な一面だった。
「芸能界って、もっとキラキラしたところだと思ってたのに……忙しいわりに安月給だし、結局はコネが強いし、それなのにファンには貧乏臭いところや人間臭いところは知られないようにしなきゃいけない。知れば知るほど嫌になる。プライド捨てて誰にでもへこへこ低姿勢の、まあまあ演技もできる使い勝手が良いあんたみたいな奴が一番気に入られるから嫌いなんだよ……!」
別にそれほどまでにプライドは捨てていないんだけどな……演技だってオーディションに受かるまで死ぬ気で稽古したし、いつでも本気なんだけどな……。
街中でスカウトされてそのまま事務所所属。俳優業に関しては微々たるものであっても、若くして自分の何倍もの仕事をしてきた咲夜が正直に言ってものすごく羨ましい。生まれ変わったら咲夜のルックスとスタイルになりたいくらいだ。
そうは思いつつ、下手に反論してはきっとまた逆上させてしまう。ここは黙って咲夜の話に耳を傾けるべきだと、相槌を打ちながら焼き鳥をつまんだ。
「誰よりも頑張って来たのに……俺みたいな人間が報われない社会なんて、不公平だっ……」
それが心底からの本音だろう。同期が活躍の幅を広げている中、自分だけ取り残されているのではという孤独と疎外感は佐古も共感できる部分がある。
咲夜は当時から並々ならぬ努力をしていたし、今も継続している。誰もができることではない。充分に立派な行いだ。
ただ、縁やタイミングというものもあるのが人生だとも思う。
「もうちょっと素直になってやってみたら。貧乏臭い、人間臭いヒーロー俳優とか面白いんじゃない」
「素直にって……今さらどうやって……」
「それは……まあ……僕にもわからないけど」
「ザコさんがわからないもの、俺にわかると思うのか!?」
彼の場合は根が真面目だから、未成年で業界に入り、大人の汚い部分を知ってしまったこともかなりショックだったんだろう。
「……でも、今日のあれは……ちょっと俺もビビった。まさかザコさんがあんなに怒るなんて……。因果応報って言われちゃ返す言葉がないけど……我ながらやり過ぎました。すみません……」
これも酒の効果だろうか? 普段なら絶対に自分の非を認めようとしない咲夜が、目を泳がせながらも謝罪している。
「まあでもその、まさかザコさんが本気でマゾってのはなんかこう、生理的にわかってキモかったんでつい」
「あー、そうだよねー……でも咄嗟のことで隠せなかったからさぁ……ははは。僕も好きでそうなった訳ではないとはいえ、個人的な性癖のことで驚かせてごめんね」
「いや……俺って自称サドの俺様わがまま男とか週刊誌に書き下ろされてるし。本来の意味のSとは違うかもしれないけど、おかげでザコさんイジるのめちゃくちゃ楽しいんで大丈夫です」
あ、自称サドの俺様わがまま男ってそういうとこだよ咲夜くん。
とは言えず、代わりに「じゃあSとMで相性良いんじゃない!」と言ったら般若の如き怖い顔をされた。それはもう、蛇に睨まれた蛙のように動けなくなるくらい。
しかし酒が進むにつれ、咲夜の威勢はどんどん無くなっていく。
あまりの下戸ぶりにあの咲夜くんが……? と目が点になってしまったが、千鳥足では自宅に帰れないだろう。大人しくタクシーを呼んだ。
「ほらっ、子供じゃないんだから住所くらいは言えるよね? あと吐かないでね」
「ザコさんは来ないの」
「え? 僕? 君の家に? ……ええっ」
「帰ったところで介抱どころか心配してくれるような人も居ないから……その…………あ、あんたにまで見限られたら俺ってば本当に最悪の人間になっちまう」
酒を交わして話すうち、咲夜は極度の寂しがりというだけなのだなと知った。
自分なりに人間関係を上手く築こうとしていることも見ていればわかる。
だけど天邪鬼がゆえに思ってもいないことを言ってしまったり、その後も意地を張って謝罪できず……拗れてしまう。
本当は自分もメンバーも現場班達も、近しい人ほど咲夜のそこが魅力なのを知っていて、だから離れられないというのに。
「運転手さーん、俺吐きそうなんですけど〜。誰か一緒に居た方が良いと思いますよねぇ〜?」
「ちょっ、勘弁してくださいよお客さん」
佐古と同年代くらいの疲れ切ったタクシー運転手がチラチラこちらを見ている。
夜の繁華街なんて、酔って鬱陶しかったり暴れられたり、挙げ句の果てに嘔吐されたり、面倒臭い客が多いのは察しがつく。
「わ、わかったよ。僕も乗るから。すいません……お邪魔します」
そうして咲夜の思うがまま、自宅へ着いて行くことになってしまった。
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