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第6話

 売れてから十年も経てば給与の差もついてしまうもので、他のメンバーは都内の高層マンションや高級住宅地の一戸建てに住んでいるが、咲夜の自宅はヒーローをしていた時の、ごく普通の庶民的な部屋のままだった。  お世辞にも芸能人──富のある人間の家には見えないし、壁がとても厚い訳でもないから、本読みで大声を出すとたまに近所迷惑とクレームがつくらしい。  今では「あの部屋の人は俳優志望らしいから」と、特撮など観ていないから知らなくても仕方のない大家がため息をついているという。  咲夜はふらふらベッドに倒れ込んでしまった。今日の咲夜はそのまま放置する訳にもいかないくらい、心身共に心配だ。  そこはやはりストイックというか、いかにも水道水なんて飲めない・飲まない・飲みたくない感じの冷蔵庫。ほとんどペットボトルの水しかない中で一本取り出して、咲夜の元に持って行く。  咲夜は仰向けに寝転んでいて、片腕で表情を隠している。でも何か……今にも泣きそうな雰囲気だ。 「……佐古さん」  たぶん初めて。咲夜からきちんと苗字で呼ばれて恐る恐る振り返る。 「俺羨ましい。先輩後輩も、売れてるメンバーも、皆が羨ましい。佐古さんが一番羨ましい。佐古さんの時代はここまでヒーローブームじゃなかったのに、俺と近い歳になるまで夢を諦めなかったとか……」  泣きそうになっているのを隠すように、咲夜が鼻を啜った。 「ほんとにこんな、どこにでもいるような無個性クソオヤジのくせに、尊敬するなって方が……無理だ」 「え……それって、どういう……?」  やっぱりさっきのは泣きそうになってたんじゃなかったのだろうか? 部屋が眩しかっただけか?  大きくため息を吐いて、何故かけろっとした咲夜は起き上がってベッドに腰掛け、ペットボトルをふんだくってゴクゴク喉を鳴らして飲み始めた。佐古もまた理不尽に怒られないよう、少し距離を置いて座らせてもらう。  尊、敬……? 咲夜くんが、僕を? 嘘だろう? 普段、っていうか今もこんな膨れっ面の態度なのに? じゃあさっきのあれはいったい何なんだ?  ツンデレを超えてツンギレにしても、ほどがありすぎて相手に全然伝わらない。  佐古が無個性であるのは自分が一番わかっているし、年齢的にも柔和になったし、メンバーも咲夜のことを昔から知っているから良いが……後輩なんかには怖い先輩だと思われて自ら思い悩む子だっているかもしれない。  その子が事務所の推しなら最悪干される危機だってある。 「……本当はヒーロー側になりたかったんだろ、佐古さん。縁があるようなないような、悪の幹部の面白キャラ路線でブレイクしちゃったけど」 「な、なんで僕の経歴知ってるの?」 「ネットや子供雑誌のインタビューとか漁りまくった」 「はぁーなるほど。……そこまでする?」 「するだろ! 佐古さんのこと……知り尽くしたかったから」 「やだなぁ、隠してる訳じゃないし、気軽に直接聞いてくれたらいいのに」 「それじゃ意味な……っ。……もしかして、あんた天然でもあるのか? 嘘だろ……何が無個性だよ……その歳で恋愛の駆け引きとかしたこともないのか……?」 「ん?」  恋愛の駆け引き? 今この状況でなんでそんなキーワードが出てくるんだ? 「だからっ……くっ……こういうことだよ!」  咲夜に、今度こそ二人きりで殴られでもするんじゃないかと思った。  けどそれは間違いにもほどがあって、自分の身体を包んでいるのは細身で筋肉質な咲夜の腕だと気付いた。  いつもそういう感じの人間なら全然気にしない。同性、異性関係なくハグもする。けど相手が相手だ。  色仕掛け!?

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