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第8話※

 まるで憑き物が落ちたかのような咲夜は、肩を落としてしばし呆然としていた。  自分のような性格の者はもはや周囲に好かれない、特に貶めるようなことをしてしまった佐古には、到底恋愛どころか人間として縁を切られるとさえ思ってしまったのかもしれない。 「……ごめっ……さない……」  まるでこの十年間の後悔が押し寄せたのか、咲夜は遂に泣きべそをかき出した。嗚咽するも耐えられず、溢れて頬を伝っては服の袖でゴシゴシ涙を拭っている。  今度は演技なんかじゃない、本物の「氷崎咲夜」としての涙だ。 「俺っ……佐古さんが居なかったらとっくに業界辞めてたかもしれない……佐古さんへの想いだけで少ない仕事にも縋って……俺なりにやれることは何でもやってきた……。でも同情されたくないから佐古さんにも皆にも冷たく当たって……公私混同なんてプロ失格だよな……」 「そんなことないよ。皆言わないだけで、実は評価してる。君の血の滲むような努力は僕が一番知ってる。君の人生はこれからだ。“遅咲き”の僕が保証するよ」 「ん……うん。はは、遅咲きのプロが言うなら案外本当にそうかも」  こっちも好きで売れなかった訳じゃないんだけど、人生計画的じゃないから面白くもある。今こうして、咲夜と親密になれているのも……。  すっかり落ち着いた咲夜は弱味を見せたことなどどこへやら、また俺様が戻ってきた。この切り替えの早さはむしろ見習いたい。 「なぁ、俺は至ってノーマルだから。またマゾっぽい言動したら張り倒すぞ」 「うーんと……善処はするよ……」  武道を嗜む咲夜に本気でボコボコにされたら相当痛気持ちいいんじゃないかな、と早速被虐感を覚えつつも、必死で欲望が言葉にならぬよう噛み締める。  至近距離で見つめる咲夜はやっぱりイケメンだ……まだ幼ささえ残っていた現役時代と比べ、むしろ大人の色気まで出てイケメンに磨きがかかったようだ……。 「うっわめちゃくちゃ見てくるじゃん……。こ、こんな時くらい目瞑れよ」  眩しすぎるなんて前言撤回、目を瞑るのも忘れるほど見惚れてしまった。  心臓がバクバクと鼓動しすぎて破裂しそうだ。これドッキリじゃないよね? 僕は今から咲夜くんと……。  ゆっくり目を閉じると、おじさんだからカサついた唇に、逆に入念なスキンケアをしているのであろうすべすべしてふっくら柔らかい感触が伝わってきた。  ああ、僕は咲夜くんとキスしている……どうしてこうなったんだっけ……でも今はそんなことどうでもいい。幸せだ……。  誰でも良い訳じゃない、あの氷崎咲夜と、そんなのたまらない。 「んっ……ふ、ぁ……はぁ……」 「佐古さん……口、もっと開けて……」 「う、うん……はふぅっ!」  軽く触れて終わるかと思っていたのに、咲夜は口内に舌を侵入させてきた。互いに舐めたり絡めるたびに、熱で全身がとろけそうだ。  口臭とか気にならないか心配だったけれど、咲夜もアルコールの味は多少するからチャラだろうか。もし、もしも次の機会があってくれるなら、いつ何時でもしっかり清涼カプセルを持ち歩いて、歯磨きうがいもできるようにしなければ。 「はッ……。よくよく思い出してみれば、十年前のあんた、刑事とか任侠ものができるような渋い系のイケオジ顔してるのに、天然でギャグキャラってギャップが良かったよな」 「い、イケオジ……」  それってつまり、若者言葉で言う広意義の「イケてるメンズ」がもう少し年齢を重ねた、「イケてるオジサン」のことだろう……。  こんな自分にエロティックに迫り、濃厚な口付けをするくらいだから、咲夜の美醜感覚はわからないけど……。

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