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3 家族団欒は危険な香り

「あんまり、なちってウチに居ないけど、なんでぇー?」 「……俺が居られる雰囲気じゃないから」  目の前の、ほぼ自分と同じ顔がふーん、と鼻を鳴らす。  絶対意味解ってないだろ。もう少し頭を使ってくれ。脳味噌が可哀想だ。 「じゃあ、なんで堀ちゃんセンパイがなちの食生活、気にしてんのぉー?」 「……なんで?」  初耳。それこそ何故だ。こちらが聞きたい。 「オレがなちに聞いてんのにー」  双子の弟が頬を膨らますも、知らないものは答えられない。 「ねえ、沙和(さわ)」 「なぁに? なぁちぃー?」 「言いたくないけど。喋り方、もう少しどうにかした方がいいんじゃない?」  とても高校二年生の喋り方ではない。 「これは、オレのクセー。個性!」  ……左様でございますか。もう、何も言うまい。  小さい頃は、なんでもかんでも一緒だったんだけどな。少し寂しい気がしないわけでもない。 「どんなでも、沙和は可愛いよ」 「あ、多聴(たき)兄ぃー!」  背後から聞こえてきた低音の惚気と、沙和のハートマークが付きそうな台詞に奈智は頭を抱えた。  ちなみに、奈智と沙和が陣取っているソファがあるリビングの隣、キッチンでは「はい、あなた、あーん」などと三人の息子を無視して、夫婦が仲睦まじくしている。結婚二十七年目、あっぱれである。  今は亡き、同志の金(きん)ちゃんが懐かしい。奈智は思い出を懐かしむ。  彼は脱力した奈智を慰めて、癒してくれた。彼が居たから自分はあの頃頑張れたのに。たとえそれが傍(はた)から見たら、金魚鉢に話しかけている異様な光景でも。別れは突然。奈智が帰宅したら金魚鉢は空っぽになっており、その横には満足そうに惰眠を貪っていた近所の飼い猫が居た。  あの時の悲しみといったら、なかった。そして公園巡りのツアーが発足された。 「ーち、なちー! 聞いてるー?」 「っえ? あ?」 「奈智は時々トリプるな」 「俺、心配になるー」  沙和に心配されるようになったら、終わりだな。 「どうしたの? 二人とも」 「なちって、ウチ嫌い?」  自分と同じ顔で、潤ませた眼で見上げられても何も感慨は浮かばない。  それを見て、長兄が双子の弟を抱きしめる姿を見ても、呆れて脱力感しか生まれない。  両親も兄弟も勝手にしてくれと思う。  贅沢、かな?  親も兄弟も家族仲がいい。時々居心地悪くもなるが、誰かしら心配してくれる。学校やアルバイト先でもこれといった問題も無い。 「嫌いじゃないよ」  本人の自覚無くふんわりと、どこか切なそうな綺麗な微笑みに、一瞬沙和は眼を奪われたが、しかしそれも唇を求めてきた恋人の前ではすぐに逸らされた。 「……俺、風呂行ってくる」  奈智はそそくさとその場を後にした。 翌日から、携帯の受信ボックスに何故か増えた『堀克己』の名前。

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