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4 睡魔のいたずら

 大きな欠伸をして、奈智(なち)は公園のベンチの背もたれにもたれ掛かった。 「……ねむ」  本日も気持ちの良い晴天。対して自分の頭の中は、霞み掛かっている。当たり前だ。睡眠が取れていない。昨夜はバイト。帰宅してみると両親の仲睦まじい姿を見せ付けられ、呆れつつ就寝。本日朝は早い時間帯から物音で起床してみれば、兄弟の仲睦まじい姿。ちなみに両親は揃ってデート。  奈智の行動は決まったも同然。自宅を出て、彷徨った先の公園のベンチで一息ついた。早朝なので犬の散歩やジョギングをしている人が多い。  いいなぁ、ペット。  今は亡き金(きん)ちゃんを思い浮かべる。  新たにペットを飼うにしても、あの家では環境が悪すぎる。考え直して、奈智は可愛そうな動物が増える事よりも自分の孤独を取った。  尽きたと思っていた溜め息を吐いて、奈智は眼を閉じた。 「……ん」  肌寒さを感じて、奈智は眼を醒ました。  寝ていたらしい。  公園の時計を確認すると、記憶にある時間よりもたっぷり八時間は経っている。 「──え?」  そして、自分の真横に座って眼を閉じている若い男は誰だ? 「……あぁ、起きた? 奈智くん」 「すみません、どちら様ですか?」 「あれ? 覚えてないの? あれは寝ぼけてた? まあ、可愛い寝顔も見せてもらった事だから、いいけど。アドレスも番号も教えてもらったし」 「え?」  全く、覚えが無いのですが……?  確か、今日は頭が働いていなかったせいか、自宅を出るときに財布しか持たず携帯電話は忘れてきた。  アドレスも番号も教えた?自分が? ……自分しかないのだが。  仕出かしたことに呆然としていると、彼は眼鏡を掛け直して悠然と立ち上がる。 「俺の番号はその紙に書いてあるから」  手にしているメモを覗けば、なるほど何か書いてある。  いや、そうではなくて。  知らない人についてっちゃいけませんと教えられた。知らない人から物を貰っちゃいけませんって言われた。  寝ぼけているうちに、自分が何かを仕出かしたらどうすればいい?  ダラダラと嫌な汗をかいていると、微笑んだ彼に優しく頭を撫でられた。 「またね」  ──次が、あるの?  奈智は颯爽と立ち去った彼の背を眺めることしか出来なかった。  いつまでそうしていたか、気付けば人の顔のドアップがあって声も無く眼を見開いた。  『堀ちゃん先輩』だ。 「…………え?」 「『え?』じゃない。まったく、心配した」  溜め息を吐かれる。朝から電話もメールも繋がらないと奈智の双子の弟・沙和(さわ)に泣きつかれたそうだ。  朝っぱらからの外出を余儀なくされた原因が何をいう。 「どうせ飯喰ってないだろ、行くぞ」  会うのは二回目だが、なんとなく堀ちゃん先輩が怒っているのは解る。沙和に使われたことに憤っているのだろう。 「あ、ごめんなさい。帰って自分で食べますから」 「お前が謝る事じゃない。俺が気になるだけだ」 「はぁ」  自分と沙和とであったら、絶対的に双子の弟の方が心配される対象になるのに。  おかしな人だと思う。 「今日一日なにしてた?」 「えっと、日向ぼっこして多分うたた寝してました」 「──うたた寝? 変な事されなかったか?」  やけに真剣に聞いてくる、堀ちゃん先輩に首を振る。  自分が何かやらかしたとはとても言えない。  あ、財布も中身もある。あの人が居てくれたから、スリにも遭わなかったのかな?  いい人、だったのかもしれない。 「奈智は家に居ないことが多いらしいな。嫌いか?」  うーん、なんて説明しよう?  考え込んだ奈智に堀ちゃん先輩は目元を優しくし、彼よりも低い位置にある頭に手を置く。 「ウチに来てもいいぞ」 「え?」  そこまで言ってもらえる意味が解らない。  自分と彼の関係は、他校に通っている弟の先輩。以上。 「……機会があれば」 「そうだな」  いまいち付いていけない奈智に彼は喉奥で笑った。 『木戸秀明(きどひであき)』の番号を机の上に乗せて、痛む頭を奈智が抱えるのは、その夜の出来事。

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