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番外 儲かった桶屋の夜

※「風が吹けば桶屋が儲かる」と「まずは自己紹介から」の間。 「……長いな」  堀克己はぐったりとベッドに身体を預けている後輩の双子兄の睫毛に触れて独りごちた。  まさか連絡が来るとは思わなかった。  この少年は自分で物事を何とか解決しようと図るであろうと感じていた。  その彼が他人の手を借りるほどの状態だっただけなのかもしれないが、電話を寄越した、頼ろうとしてくれたというのが単純にうれしい。  多分本人は全く気が付いていないだろう。  なんだろうな、と溜め息を吐きつつ自問自答する。  連絡を入れたいとこの医者は、珍しいこともあるものだと電話口で皮肉り、含み笑いまで寄越した。  怪我や骨折ならば何度も経験あるものの、内臓系はからっきしの自分には専門家を頼るしかなかった。とても不本意であったが。  睫毛を掠めた指先は今度はその頬へたどり着く。  若干色の青白いのを心配しながら、幼さの残る輪郭を確かめる。堀がこの年代のころには既にシャープなラインになっていた。  思いのほか柔らかな唇をたどり、感触を楽しむ。  しかし……。 「同じ姿勢で疲れないか?」  彼がこのベッドに身体を横たえてから三時間以上、一度も寝返りはおろか身動きもしない。  血の巡りが悪くなるぞ。  その間、ずっとその寝顔を飽きもせず眺めていた堀への突っ込みは誰もいない。 ……そんな、夜。 彼も病人相手には手を出さなかった、というお話。

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