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番外 空白の時間

「……ン」  さらさらとした感触に奈智は声を漏らした。  浮上しかけた意識が心地よい睡魔に抗いきれず再度沈む。  やさしく頬を撫でる感触が更に安心感と眠りを誘う。  そのあたたかな温もりに、奈智は無意識に擦り寄る。  奈智の顔のラインを確認していた指が唇に辿りつく。  微かな溜め息と共に男の舌が奈智の口腔内を犯す。  唇を割り、歯列をなぞり、眠っている舌を暴く。強制的に攪拌された睡液が奈智の口角を伝って筋を作る。 「……ぁ」  長く濃厚な口付けに流石に息苦しくなり、奈智の瞼がゆっくりと上がる。しかし、起きぬけのその眼は普段のように感情が灯っておらず、幼さと共に危うさを感じさせる。 「……せん、ぱぃ……?」  舌足らずの甘えたような声音に、男は首筋から胸元にかけてキスの雨を降らす。 「……ん」  現在奈智の着用している自分の服は彼には大きすぎて、肩が覗いている。  そのぶかぶかの服から伸びる、スラリとした白い手足。吸い付くような肌。  たまらないな、と男はひとりごちる。  それを遮るように鳴らされたインターフォンに男は中断を余儀なくされた事に対する惜しい気持ちと、押さえきれず先に進んでしまう前にストッパーを掛けてくれた安堵と両方からくる短い溜め息をして、来客を迎えた。 「奈智になんっもしてないよねっ!?」  奈智と同じような顔をした沙和(さわ)が堀を認めると開口一番に詰め寄った。 「さぁな」  しれっと答えると睨まれる。  堀の隙間を縫って、沙和が勝手に上がりこみ奈智の傍らに寄る。 「っなちぃー……変な事されてない?」 「……ん? さ、わ?」  徐々に覚醒してきているらしい奈智はまどろんだ眼で沙和を確認して、その頭をよしよしと撫で再び枕に沈む。 「疲れてるんじゃないか? 昨日は走り回ってたようだし」  詳しい経緯は不明だが、本人曰く鬼ごっこをしていたらしい。 「……そうだよ、俺の所為」 「まぁ、否定はしないが、済んだことだろ」  奈智が双子の沙和に間違えられて男子高生に追いかけられ、果てに好きものの中年親父に引き倒されたのは昨夜の事。間一髪助けが入って事なきを得たが、精神的なショックがあったらしい。奈智は泣いてしまった。 「……珍しいじゃん。堀ちゃん先輩がやさしい。…………ねえ、奈智のこと、スキ?」 「沙和にそれを言ってどうする」 「大事にする? 泣かせない? しあわせにする?」 「おい、話が見えないぞ」 「だって、奈智、なんにも言わずに行っちゃうんだもん。全部自分でやろうとするんだもん。ひとりで。堀ちゃん先輩はそんな奈智と一緒に居てくれる? ひとりにしない?」 「──奈智が拒否しなければ、それもいいな」  堀と沙和で静かに奈智の寝顔を見つめる。 「でも、俺、二人の邪魔はやめないからー!!」 「言ってる事が矛盾してるぞ」  気を取り直した沙和に堀は苦笑した。  そんなやりとりがあったことを奈智は知らない。 その夜、入浴時に胸元に憶えのないうっ血痕を発見し、奈智は頭を捻った。

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