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11 サボタージュ
「ねぇ、奈智(なち)。ちょっと早くない?」
「ん、大丈夫。余熱で勝手に色が付くから」
「よく知ってるな」
上から友人の折原真咲(おりはらまさき)、奈智、同じく友人の蓮見啓吾(はすみけいご)。
彼らは、普段から昼食時に陣取っている生物室のガスバーナーを使用して鼈甲飴(べっこうあめ)を作成していた。
「あーっホントだっ」
徐々に薄くキツネ色になっていく飴に真咲は歓声を上げた。
そんなに嬉しそうにしてくれると、こちらも自然と顔が緩んでしまう。
「まだ、しっかり固まってないな」
「少し冷めれば、固まるよ」
「あなたたち、こんなところに居ていいの?」
一つのガスバーナーに三人で群がっていると、助手から溜め息混じりの声を掛けられた。
「楽しんでくれば? 学祭」
奈智たち三人は顔を見合わせた。
そう、本日は奈智たちの通うこの学校の学園祭である。
準備と片付けはしっかりやるからと生徒会長へ進言し、奈智は学園祭当日の仕事を放棄した。サボるためだ。
昨年はあれよあれよという間に、女物の服を着せられ化粧を施され、隣に居る真咲と共にステージに立たされた苦い過去を持つ。そのお陰で、ファンができたことなど二人は知る由もない。
ついでに、真咲は後輩君から逃げるため、蓮見はそのお付き合いのため生物室で屯(たむろ)っている。
暇なので彼らは生物室の冷蔵庫の掃除をはじめ、発掘した賞味期限一ヶ月過ぎた砂糖で鼈甲飴を作り始めたのだった。砂糖は腐らないだろうという理由から。
ちなみに、この生物準備室は風呂が無いだけで冷蔵庫も電子レンジも水道もストーブもあり、汚いが生活できる。
「そういえば、和美(かずみ)ちゃん居ないね」
「自分のクラスにいるとか?」
そう言いつつ、三人はありえないなと思う。
彼は担当クラスを持ってはいるが、好き勝手にやらせている放任主義。しかし筋は通すもうじき定年の白髪交じりで、トレードマークは白衣姿。間違っても『和美ちゃん』と呼ばれるような、可愛らしい容姿ではない。しかも名前は『かずよし』である。
「飯食いにいってるんじゃないか?」
「あぁ、そうだね」
見れば、時計の針はもうすぐ正午。
「真咲と蓮見は食事どうする?」
「どうしよっかなー」
学祭の我が校でも一応、クラスの出し物で食品を扱うところもある。しかし、それも限られた数で、電力の少ないオンボロ高校のため電気機器の使用頻度が増えるとブレーカーが落ちる。
熾烈(しれつ)な争いの中、勝ち取ったクラスが本日食べ物屋を出展しているのだ。その抽選をまとめたのが、生徒会である。あれは、もうやりたくない。
「今日、購買開いてるよね。パンでも買ってこようかな」
一般開放もしている本日は購買のおばちゃん達もかき入れ時だ。普段は薄化粧しかしていないのに、今日に限っていつにも増しておめかししている。年取っても女である。
「おまえら、いるか?」
ガラガラと重い引き戸を開きつつ入ってきたのは、生物室の主・和美ちゃん。
「いるよー」
「焼きおにぎり食べるか?」
「食べるー」
彼は奈智を認めて目を丸くした。
「足立、いつの間に来た?」
「ずっと居るよ?」
朝から。
小首を傾げる奈智に、不思議な事もあるものだと教師は零した。
「ついさっき、足立のそっくりを見た気がしたんだが、気のせいか。私服だったしな」
その一言に、奈智はざぁっと青くなった。血の気が引く音がする。
……い、いや、まさ、か?
だって、今日学園祭だって教えてないし。
今朝自宅を出たときには、まだ沙和(さわ)は寝ていたし。
そういえば、当日の生徒会の仕事に近場のバス停と駅で案内係があったような……。
あのポスターは何処に貼ったのだろうか。近隣の学校にも配ったような。
「奈智、大丈夫?」
黙ったまま顔色の変わった奈智を心配して、真咲が声を掛けてくれるも、思い当たった事に返答も出来ない。
「せ、せんせーっ! 沙和とどこで会ったの!?」
「さわ? そっくりさんなら、一階の階段付近で」
和美ちゃんの言葉を最後まで聞かない内に、奈智は生物室の窓から飛び出した。
「可憐だね」
「ああ、身軽だ」
「おまえら、もう少し心配してやれ。ここ二階だぞ」
友人二人と教師は、足を捻った様子も無く走り去る奈智の背中を見送った。
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