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17 鬼ごっこ再び

 奈智は改めて思い知った。  ──他人と自分は違う。  それがいくら双子とて。別々の個体のため、当たり前なのかもしれない。しかし、時々一卵性双生児だと知っている知人にお互いの状況を何かしら感じ取る事が出来るのではないかと聞かれたこともあった。  正直に言おう。ムリだ。  奈智はできるだけ自分の横から聞こえてくる効果音と嬌声を耳に入れないように心がけつつ、テーブル上に置いてあった書置きを呆然と眺めた。 『健診の後、買い物してきます 父・母』  何度読み返しても、文字は変わらない。  きっと、自分の目がおかしくなったに違いない。  健診は、解る。健康診断だ。日々大きくなる母親のお腹を見て、何処まで成長するのだろうと疑問に感じる。しかも自分達のときは、その倍だったのだ。今更ながらに母の偉大さを感じる。だから、出来るだけ家事を手伝っているつもりだ。  それは、いい。  問題はその後だ。奈智たちの下に兄弟ができるとは自分達も両親も考えていなかったため、ベビー用品は処分してしまっていた。それを買いに行くのも、いい。  なぜ、両親そろって買い出しに行く必要があるのだ。  あれか? 二人で二十数年振りに新婚を堪能するのか? 別段構わない。夫婦仲がよろしくてバンザイだ。  ──なんで、昨日もしくは今朝、言ってくれなかったの?!  そうすれば、今夜予定を入れて遅く帰宅するか、どこかで泊まってきたのにっ!  奈智の心の叫びは誰にも届かない。  代わりに届くのは、すぐ横のソファーから上げられる双子の弟・沙和の快感に酔いしれている高い声。  恨めしさを心に宿しつつ、奈智は玄関の扉を閉めた。  さて、例に漏れず無計画のままに自宅を後にした奈智は、ここの所恒例となりつつある『鬼ごっこ』で時間を潰していた。  否、本人不本意で必死に逃げ惑っていた。 「ちょっと、ダメそう……」  奈智は珍しく弱音を吐いた。  本日のオニはナゼか黒服スーツを身に纏った、おにーさん達。  今回も例の如く沙和に間違われ、否定をする間に有無を言わせず追いかけられているのだが……。 「っ、さわ、何やったん、だよっ!」  前回の高校生の比ではない。  レベルも数も。  自分が一体何をしたというのだ。  いや、やっていない。やったのは、沙和。  話合えば、解ってもらえるだろうか?  ちらりと振り返った背後から、放たれるのは殺気にも似た熱気。  ──ムリ!!  瞬時に悟った奈智は切れる息を飲み込みつつ、一階分の階段を飛び降りた。  そして、ちらりと頭の片隅にある思考に、都合のいい時にばかり連絡を取ろうとする自分の傲慢さに嫌気がさして考えが及ばなかった振りをする。  いくらこの前、幼馴染に自分の気持ちを気付かされたとしても、奈智は今のところ彼との関係を変えるつもりは更々なかった。  変えてどうする?  打ち明けてどうする?  自分も彼も困るだけだ。それならば、そのままでいい。  それが奈智の出した結論。  『何も望まない』が基本的スタイルの奈智を知っている幼馴染は『らしいな』と苦笑した。しかしと続いた彼の言葉に今度は奈智が苦笑した。 『シアワセになれねぇぞ』  ──シアワセって、何だろうね?  疑問を持ちつつ走っていたのが悪かった。  二メートルほどの壁を飛び越えた先、着地点に人が居た。  しまった、と思うも遅すぎた。 「っ!」  無理に方向転換をしたため、走る左足首の激痛。 「っ、ごめんな、さ」  突然空から降ってきたことを詫びて、痛む足を叱咤しつつ走り去ろうと踵を返すと逆に強い力で引き寄せられた。 「っぇ……ん、……ぅむぅ……」  ──……え?  された事に思考が追いついていかない。  強引に抱かれた腰と上向かされた顎。  覆いかぶさってくる顔。  見開いた奈智の眼に映る彼の金髪。  驚きの声を上げた唇を塞がれ、好き勝手に口腔内を弄られる。 「んンー……」  逃れようと相手を押し返すも左右の手首をまとめられ、それも叶わない。  何かの生物のように動き回る相手の舌に翻弄され、息も出来ない。  角度を変え、何度も自分の中を自在に行き来する見知らぬ相手の行為に、震える奈智の閉じられた目尻から雫が溢れた。 「ごちそうさん。っおっと」  高い音を立てて離れていく互いの唇。  力の抜けた奈智を支えたのは、男の逞しい腕。  奈智の上から滑り落ちていく、大きな布。  呆然と固まったままの奈智に目の前の男は何てことの無いように言った。 「あんたを追いかけてた黒服、撒けたぜ」 「………………ぁ、ありがと、ござい、ます」 「こちらこそ。美人な天使が降ってきたのかと思った。じゃあな」  軽い音を立てて目元に唇を寄せられ、イタズラそうに笑った彼の後姿をひとり残された奈智はぼんやりと見送った。

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