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18 リビングは再会の場所

「た……」  帰宅を告げる言葉の途中、奈智は自宅のリビングの光景に目を見開き、固まった。ついでに、思考はどこか彼方へ飛んで行った。  そのため奈智は今すぐここから脱出するという選択肢も思いつかなかった。 「お、美人な天使」  振り返って片手を挙げたのは、いつぞや手荒な手段で追っ手を撒いてくれた金髪のお兄さんだった。 「……ぇ、ぁ? なっ……?」  言葉もどちらかへお出掛けなすった。  呆然とした奈智を面白そうに目を細めて眺めた男は立って近寄ってくる。  それも気付かないほど、奈智の頭は整理つかなくなっていた。  ──なぜ?  ──どうして?  ──ここに居るの?  身長差から見上げた彼に、手にしていた学生カバンを取られる。  訳も解らず相手のすることを黙って……いや、思考が付いて行かず、口角を上げた彼を見ていると強制的に顔を上げられる。  嫌な予感がして後ずさった身体は壁に阻まれ、逃げを許されない。 「っ、あの、っわっ!」  急に持ち上げられ、足が宙を浮く。  不安定を恐れた奈智の指先は知らず男の肩口を握る。 「はなっ、んー……ゃ、やだ、ん……ンー」  以前のように勝手気ままに口腔内を好きにされ、更に奈智は混乱を極めた。  下から探られ、上には逃げ場はない。  自分を支えるのは彼の腕だけだし、背後は壁。  知りもしない男に二度も好き勝手にされるのは、とっても嫌だった。  それ以上に、回避できないのも、力が敵わないからといって相手に行為を許してしまっている自分がもっと嫌だ。  息ができなくて、頭の中もぐちゃぐちゃで勝手に涙が溢れてきた。 「ちょっとー! 奈智になにしてんのー!」  遠くで重そうな音がしたと思ったら、奈智を拘束していた手が男が離れていった。 「イイコト」 「奈智! 大丈夫っ?!」 「ぁ……さ、わ……?」  自分と似ている不安そうな顔を見つけて、幾分か落ち着きを取り戻した。  けれど、まだ頭の中は整理できていない。 「もー、ダイジョブだよ?」 「っ、うん……」  肌蹴られたワイシャツを沙和の手で直される。 「そこのあんた! 奈智になにすんのー!」 「なんだ、天使の弟、多聴から聞いてないのか?」 「これっぽっちも、聞いてなーいー!!」  ……多聴兄ぃの、お知り合い?  荒い息の中、なぜか納得してしまった奈智は脱力した。  ──もう、ヤダ……。  旅にでようか。  うん、そうしよう。  奈智はまともに事情説明をしないまま、おちゃらけ始めた金髪男の自己紹介も聞き流し、意識を他に向けた。 その夜、荷物を纏めはじめた奈智は、帰宅した母親の大きなお腹を見て仕方なく旅を断念した。

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