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25 絶え間ない日常

「……熱い」  ぐったりして、奈智は呟いた。  まぁ、夏場なので気候的なものは仕方がない。  問題は、このクソ暑い自宅の中で絡まっている兄弟たちだ。 「……っひ、ぁあっ……た、にぃ……もぉっ……」  朝っぱらから蝉の鳴き声と風鈴の音をバックに、ご苦労なことである。  キリキリする胃と相俟って食欲がなくなったのは、一重に夏バテだけではないはずである。  奈智はこれから茹でようと手に持っていた素麺(そうめん)の束を袋に戻した。目の前の煮立った鍋の湯も、目的を失ってポットへと注ぐ。  カラン。  麦茶の氷が涼やかな音を立てる。 「バイト、入れればよかった……」  さすがに、日向ぼっこの時期ではない。喫茶店やファミレスではそれほど時間は潰せない。第一、金銭的な問題もある。そして、図書館は人で溢れかえっているはずだ。  また、無いんだ……。  己の友好関係の狭さに涙を拭った。  冷蔵庫に背を預け、ため息を吐く。 「あ……」  見上げた先には近くの市営プールの割引券。  コレ、だ。  腕を伸ばしかけたところで、微かに聞こえる着信音。  あの音は、気づかぬうちに変えられていた、堀ちゃん先輩専用になっている曲。  自分よりも何故か他人の方が使用頻度の多い携帯電話を取り出す。そういえば、いつからバックに入れっぱなしだっただろう? 「はい?」 『奈智、今……何だ、AVでも観てるのか?』 「……アレは俺には聞こえない、幻聴です」 「あっ……ふぁあ……! ンっぁあああっ……あ、あ、ひあぁっああ!」  ひと際高くなる双子の弟の声に、奈智は痛みを覚えて頭を抱えた。  ──俺、どうすれば……っ!  いっそ、床に沈んで意識を飛ばしたい。 『……色々大変だな。どっか出かけるか? 奈智』 「はい……」  この際、バイト代が飛ぼうと、人が多かろうと、たとえ一人プールに行き漂っていて知らないお兄さんたちに絡まれたとしても、文句は言わない。  とにかく、脱出を。  奈智の希望はそこのみ。  そして何が悲しいって、数か月前の悩みが全く改善されていない点である。  真夏になる前はそれでも日向ぼっこ・公園めぐりに明け暮れていれたので、むしろ自分の置かれている状況は以前よりも悪化しているのかもしれない。 『泣くな。迎えに行くから取り敢えず、そこから離れろ』 「……っぅ、ん」  グスグスと目尻を擦るのと、彼の低い声音が耳を擽(くすぐ)るのが重なる。  やさしい、いい人だ。 己の泣き顔と声で男の庇護欲が増したとは、奈智は気づきもしない。

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