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番外 足音が近づくとき

 堀はその着信相手に眉を顰めた。  たぶん一応番号を登録してから、一度として入ったことのない着信。こちらからは春先に一度連絡したが。 「……何だ」 『ごあいさつね。奈智君はかわいーのに』 「……」  無言で剣呑な雰囲気を醸し出した堀に、その従姉妹は楽しそうにからかった。 『今日、真面目に診察に来たよ。あの子、また痩せてた』 「……知ってる」  ついこの間、川に涼みに行った時は痩(や)せたというよりも、窶(やつ)れたという方が形容的に合ってる奈智を見て、堀も顔をしかめたのだ。当然、遠慮する彼を強引に食事に引っ張っていった。 『ふーん……囲(かこ)っちゃえば?』  鼻を鳴らして、とんでもないことをサラッと口にする、従姉妹の医師に堀は苦虫を噛み潰したような顔をして唸った。 「……お前な……」  仮にも医療従事者がそんなことを唆(そそのか)すな。 『今さら取り繕うな、バカ。あんたがあたしの所にあの子連れてきた時点でトクベツなんだろ?』  言葉もないとは正にこのこと。  従姉妹であり、元セフレでもある知り合いの元に、わざわざどうでもいい人間の診察を頭を下げて依頼なぞしない。  あの子に囚われていたのはいつからか。  もしかしたら、はじめからなのかもしれない。 『あんたにしては、手が遅いじゃない? 誰かに掻っ攫われるよ? かっわいかったなー。小動物みたいで。肌も白いし、スベスベで吸い付く様だったし──』 「殺すぞ」  ドスの効いた地を這う低い声に、怖い怖いと電話先は笑いを溢した。 『冗談はさて置き、あれは本当に何とかしないと、入院レベルになるぞ』 「──ああ」  本人は家庭の事情だとはぐらかしているが、堀は彼の兄弟がデキていることなどかなり前から知っている。それなのにこちらの事に口を出してくる彼の兄弟を少々煩わしいとも思っている。それだけ、三人兄弟の真ん中の弟であり、二番目の兄である奈智を彼らが気にかけているということにもなるが、小舅(こじゅうと)が多くてやりにくい。そんな奈智当人は、自分が兄弟からそれなりに気にかけられているとは気づかない。  そして、つい最近知った奈智に迫る影。  それが一番心の負担になっているのではないかと、容易に想像できる。普通は誰でもストーカーなどという代物がくっ付いていればストレスになるものだ。それを半年間もそのまま放置していたのだ。  どうしたものか。  あの奈智の兄弟が(主に兄が)何も手を打っていないとは思えない。その一つが強制的に石をはめ込まれた右耳朶。  くせ者揃いの中に生まれた、顔の小奇麗な憐(あわ)れな子。  堀は人知れずため息を吐いた。 『大丈夫! 奈智君はばっちりストライクゾーンだ。ヘタレなあんた放っておいて、頂くから。じゃ』 「っおい!」  最後の言葉に怒りの声を上げたが、切れた電話の向こうにはなす術もない。  己が少年大好き・年下キラーに引き合わせてしまったことによる後悔と、無性に声が聴きたくなった欲求で堀は再び携帯を握る。 『は』 「奈智! 変なことされなかったかっ!?」 『……え、えっと?』  勢いで一気に捲し立ててしまい、相手が混乱を招いていることに気づく。  それでなくとも、奈智は突発事項にとても弱い。  咳払いを一つする。 「松本に変なことされなかったか?」  努めて冷静になろうとするも、あまり上手くいかない。 『松本さんって、先生(医師)の事ですか? いえ、全く。美味しいお食事を頂いて』  ほんわりと笑ったであろう気配を察知して、忠告した。 「奈智、あれにはもう近づくな」 『は、はぁ……? ──っ、』  たぶん、理解できていないだろう奈智が困惑気味の返答の最中、息をのんだ。 『迎えに来たよ。僕の奈智』  やさしげなテノール。知らない声だ。だが、不思議とセリフの内容に覚えがある。 『──二ノ宮、セン、セ……?』  呆然とやや硬めのそれを最後に、はじめて勝手に奈智から通話を切られた。  直後に掛け直しても、先ほどのように繋がらず、堀は焦燥感を募らせた。  ──マズイ。  思い付いた事柄に舌打ちをして、堀は走り出した。

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