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33 うえでぃんぐ

「ただい……」  最後の一文字を言う前に、帰宅直後の奈智は自宅玄関の扉を開けて後悔した。  自分は何も見なかった。  きっと、家を間違えたのだ。  取りあえず幼馴染のかっちゃんの所にでも避難しようと、こっそりと回れ右をして逃げようとするも時すでに遅し。首根っこを引っ掴まれ、ロクな抵抗もできずに引きずり込まれた。 「っお、お久しぶり、ですっ。川嶋(かわしま)さん」  やや口の端が引き攣っているのは自覚している。  奈智は自宅玄関の扉に張り付いて、兄の友人だろう宇宙人を見上げた。 「会いたかったぞ、天使!」  沙和並みに遠慮なく抱きつかれ、悲鳴を上げて鳥肌を立てた。背は扉。逃げ場はない。 「っそ、そんなことより、コレは一体っ!?」  指差した純白を特別珍しい物でも無さそうに、さも当然の如く彼は言い放った。 「何って、俺と天使の結婚式のウエディングドレスだろうが」  ちなみに、俺はこっちと示される物体はどうでもいい。  前回の指輪と婚姻届に続き、コレ。  気の毒に彼はこの暑さで頭が沸いてしまっているのであろう。絶対。自宅にある氷で正常に戻るのならばすべてを寄付するし、医者にかかって改善するのならば喜んでなけなしのバイト代を捧げよう。  何が悲しくて、高校二年で年上の同性から結婚を迫られなければならないのか。しかも、恐ろしい事に着々とレベルアップしている。先だって、何故か己に引っ付いていたストーカーにはじまり、これも新たなる明るい嫌がらせかと奈智は在りもしないドッキリカメラを探しに視線を辺りに彷徨わせた。  ──……ない。 「なんだ? 天使。それとも、白無垢がよかったか?」  もう、どこから訂正したものか判断も付かなくなった奈智は呆然と長身の金髪を見上げた。  もしや、彼は自分の性別を間違って認識してはいまいか?  いや、確か二回目に出会ったときには服の中を弄(まさぐ)られた記憶があると、思い出さなくてもよい消し去りたい過去を振り返る。  と、背を預けていたはずの物体が急に消失し、重力に逆らう事なく奈智は無様にひっくり返った。  ついこの前、双子の弟によって作られたタンコブと同じ所に痛みを覚え、声もなく悶える。 「邪魔」  ヒョッコリと帰宅したのは長兄。  世界が己を中心に回っている彼は、かわいい弟が玄関で転がっていようとも平気で足蹴にしていく。  新たに肩を負傷した奈智は、地面に泣き伏した。  己が一体、何をしたというのだ。彼らは一体、何をしたいのだ。 「大丈夫か? 天使」  労わりの言葉にうっかりと絆(ほだ)されそうになってしまうも、はっと現実に戻る。くっきりと足跡の付いた右肩を庇いつつ、ジリジリと後退していく。  今度こそ、本当に逃げる! 「──っ!?」  決心したのも束の間、直後に背後から不意打ちの攻撃を喰らって奈智は力尽きた。 「ちょっとー! かわっち、ウチの奈智になんてことしてんのー?」 「なんだ、天使の弟。俺は何もして無いぞ」  ある意味正解であり、不正解でもある。 「ウチの奈智はお嫁に出しませーんー!!」 「嘘つくな、天使の弟。多聴が募集していたぞ」 「──ぇ……?」  間抜けな言葉を発したのは、当の奈智本人であった。 徐々に増加する告白から求婚への変わりの謎が解けても、根本的な解決がされていない事に奈智が気付くのはもう少し向こう。

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