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35 ユメ
走った。
走って、走ったけど、追いつかなくて。
心臓が壊れそうだけど、それでも手足を動かして。
でも、気付いたら手も足も無くて。
行かないでって、その名前を叫んで────。
「っは、はっ……?」
見慣れた自室の天井を確認して、奈智は混乱した。
──何、だったんだ?
全く憶えていないが、とても嫌な夢を見ていた気がする。
「……チッ」
舌打ちが聞こえてそちらを見やれば、いつぞやの様に長兄が。
デジャビュを感じ、いや、身体に刻み込まれている細胞の記憶が反応してズザザっとベッド上で彼から距離を取る。
左耳は無事。
右耳も増えていない。
では、一体なんだ?
あのピアス事件以来、彼はこの奈智の部屋に足を運んでいないはずである。
今度はナニを仕出かすつもりか。
怯える奈智を放置し、紫煙を立ち上らせた多聴は溜め息を吐いてそのまま部屋を後にした。
恐ろしい事の前兆ではないかと震えていた奈智は、しばらく満足に睡眠を取ることができなかった。
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