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SEVEN DAYS

※あなぐら様(http://99.jpn.org/ag/)よりお題をお借りしました。 『枷』から『余波』までの間。 [01] Monday 本日は晴天なり  パンッ! 「うん、よし」  最後にタオルを掛けて、奈智は微笑んだ。  昨日の今日で利き手の痛みは改善されていないが、それでも動きはいい。  溜まっていた洗濯物を全て干し終えてカゴを抱える。  いつもよりも寝坊してしまったため、既に日は高くなってしまっているが、この季節ならば乾くだろう。 「うーん、何しよっか」  昼食を作るのにはまだ早い。 「よぉ、奈智。すげぇ量干したな」 「あ、かっちゃん。今日、天気良いから」  気付けば、幼馴染が頬杖をついて己を眺めていた。 「どうしたの?」 「どうもしねぇ」  勝手知ったる人の家の囲いを飛び越えて、着地した男前が掴むのは何故か己の手首。 「かっちゃん?」 「あぁ、わりぃ。痛いか。……ほっせぇな」 「そう?」 「ちょっと来い」  そう言って招かれるのは、庭の木陰。 「お前、いっつも何かやってるけど、休んでるか?」 「え? うん? あ、ソコ気をつけてね」 「何だ」 「ミョウガが居るの」  庭の木の根近くに自生している、己の非常食。あの微妙な食感と味が夏バテにいい。たぶん自分限定であろうが。ちなみに春先には三つ葉が生えて秋には木に柿が実る、勝手に食材が自生するなんとも素敵な場所である。  ここは生前、祖父が仕込んでくれた所。  じいちゃん、ありがとう! 今度また、お花とお線香持ってお参りに行くね!  少し前に盆があったため丁寧に墓の掃除もしたが、再び墓参りを決意する。 「……じゃあ、こっちの木なら問題ねぇだろ」 「うん。何?」 「なっつんと駄弁(だべ)るのもいいと思ってな」 「ふーん? 変なかっちゃん」 「お互い様だ」 「そっか」 「あぁ」 久しぶりに昔話に花を咲かせた二人だったが、仲良くウトウトしている所を沙和に激写され、後日某先輩に幼馴染がコッテリと絞られた事を奈智は知らない。 [02] Tuesday 「それって今日だっけ?」 『健診に行ってきます。 父、母』  起床してから書置きを見つけて、奈智は頭を抱えた。  ……せめて、前日に言ってくれ。  新たに弟か妹が出来るであろうことを告白され、徐々に成長を遂げる母の腹部に神秘を感じてはいた。  健診に行くのはいい。大切だ。家事もいい、普段行っていることだから。問題は恋人同士の兄弟である。  己が居ても何もいい状況ではない。これはとっとと逃げなければ。  急いで携帯と財布を連れて脱走を図ろうとすれば、運悪く廊下でばったりと長兄と出くわす。自分が一体、何をした。 「っお、おはよ」 「ぁあ?」  わざわざ非力な弟に、朝から眼飛ばさなくてもいいです。そんな元気とヒマがあったら、ゼヒとも恋人に愛情を注いでやってください。などと、冷や汗を流しつつ懸命に己への墓穴をせっせと掘り進めている奈智の思考に気付かない多聴は、その端正な顔の眉を寄せる。 「外出か」 「あ、うん。ちょっと……」 「いい度胸だな」 「──え?」  腕を組んだ長兄の視線の先には、先ほど見ない振りをして通り過ぎた、両親の書置き──の、横。ドンブリに盛られた、原型の不明な物体。そして、悲惨な台所。 「っあ、あれは一体っ……」  引き攣った顔で兄を見上げれば、彼は事も無げに言い放つ。 「喜べ。沙和の愛情だ」  いや、ゼヒともそれは恋人に向けてください。 再びテーブルの上の黒く燻っている物を一瞥して、奈智は床に泣き伏した。 [03] Wednesday 行きつけのお店へ  カラン、コロン。 「こんにちは。あの、とき──」 「あぁあらぁ、奈智くんいらっしゃい!」  熱烈な歓迎を受けて、奈智は扉をくぐったことを早々に後悔した。 「っお、お久しぶりですっ、ローズさんっ」 「他人行儀じゃないのっ」  自分に張り付いている、大柄な女性の腕から逃れようとするも、悲しいかな力の差かそれとも体格の差か己には解除の方法が見出せない。  ここは奈智の叔父である時緒(ときお)の店。詳しい仕事内容は不明だが、どうも写真を撮っているらしい、としか奈智には理解できない。 「ちょっと、奈智が苦しがってるだろ。放してあげて」  そう、救いの手を差し伸べてくれるのは、やはり叔父。 「えー店長のイケズゥ! これは愛情表現よねー、ねー奈智くん」 「あー、ハイハイ。それなら、僕にも愛情見せてお仕事してね」  頭上で交わされる会話にやっと顔を上げることができる。 「それで? どうしたの、奈智。モデルになる気になった?」 「おつかいで」 「あぁ、もしかしてスーツ持ってきてくれたの?」  頷いて肯定を示しながら、熱い抱擁によって若干縒(よ)れてくたびれた紙袋を差し出した。 「持ってきたけど、スーツないの?」  社会人であるならば、普段使用しなくても一着くらいは持っていそうな気がするのは自分だけなのだろうか。詳しい事は学生の自分には解らないが、冠婚葬祭どれかでは使いそうだ。 「あるよ」  それならば、己のこのおつかいは一体何の意味があるのだろう。首を捻った奈智に叔父はテーブルに手招きして寄せる。 「ありがとう。適当に寛いでね。あぁ、兄さんのか。うん、良さそうだな」 「父さんのじゃなかったら困った?」  持ってきた物を袋から取出し、吟味している叔父に奈智は尋ねる。 「多聴のでもいいけど、とりあえず細身のが必要だったから」 「ふーん?」 「ただ、多聴のはオーダーメイドだから、そこが問題」  おーだーめーど……ってとってもお金掛かるんじゃないの?  イマイチどころか、イマニもイマサンも正体不明な長兄の感覚は一般人である己には到底解りそうもないし、理解する気もない。 「おっ、奈智君いらっしゃい!」 「あ、すみません、お邪魔してます」 「全然!! むしろ創作意欲が湧いてくるよ!!」  そう言って満面の笑みで披露された、無骨な手の先の物体に奈智は無意識に身を引いた。ピンクのヒラッヒラのレースの山。女の子の服はからっきし解らないので何とも言えないが、正直己にはタダそれだけにしか見えなかった。所々に散りばめられたキラキラした無数の物が、顔色を無くした自分の表情を映す。 「ちょっと、ウチの子で遊ばないでくれる?」  そんな中、やはり手を差し伸べてくれるのは、やはり叔父。奈智は尊敬の眼差しで彼を見上げた。 疲れて帰ったバックの中に怪しげなオモチャを発見して、自室で痛む頭を抱えるとはこの時の奈智は思いもしない。 [04] Thursday "清掃日"  ゴクリ。  緊張で、奈智は無意識に生唾を飲み込んだ。  目の前の、自室の物と変わりない扉がまるで地獄の門か何かのようにそびえ立つ。ノックをする為握った掌が汗ばむ。巻かれた包帯が若干湿り、傷に沁(し)みるが今はそれどころではない。  台所はもちろんリビングも両親の寝室も己の部屋もその他も。一応この部屋以外は回ったはずだ。  左手に握ったゴミ袋がカサリと音を立てる。背後の掃除機の存在も感じる。大丈夫、自分は独りではない。力強い味方がいる。  意を決して、奈智は双子の弟の部屋の扉を開いた。  ──パタン。  閉めてしまった扉の向こう、一瞬どこぞの腐海を垣間見た気がしたが、錯覚であろう。ゼヒそうであって欲しい。 「六日……」  長かったのか、短かったのか。  奈智は力なく、目の前の罪無い扉にすがり付いた。  約一週間前にワックス掛けにまで及ぶ大々的な掃除をしたばかりである。本当は翌日に迫った回収のため、家中のゴミを集めて回っているだけだったはずなのに。  なのに、ナゼ?  ゆうぅっくりと背後に控えている掃除機と雑巾を振り返る。  あれか? 用意周到にコレらを連れてきたからいけなかったのか?  だが、己の隣の部屋の有様が凄まじいのは、切ない。この部屋の主は、奈智が片付けをした数日は滞在するも、徐々に汚くなり居場所が無くなるとどうしても恋人の部屋へと出入りが激しくなる。恋人達が互いの部屋へ行き来するのは全くもって奈智には関係ないのでどうでもいい。ただ問題は、彼らの絡む回数が極端に増える。  普段から自宅の所構わず、まぐわっている恋人達にゼヒとも部屋にしてくれと切に願っている奈智であるが、生まれてきた順番と同様二人に挟まれる自室で安眠しているときに狙ったように長兄の部屋から物音で起されるので堪ったものではない。  アルバイトがある日は、疲れ切っているのでそれほど気にならないが、問題はお休みのとき。自宅に、自室に安寧の地がなく、そうして始まった日向ぼっこもこの暑さで中止せざるを得ない。  ガサッ。  手にしたゴミ袋が慰めるかのように音を立てる。 「……うん。取り合えず、片づけよう」  ガックリと肩を落とした奈智は禁断の腐海の扉を開いた。 [05] Friday 散歩の途中  ……いい時間。  暑すぎず、少しヒンヤリした風が頬を攫う。  夏真っ盛りだと、暑いばかりだと思っていたら、いつの間にかトンボも飛ぶようになっていた。薄暗くなってきた辺りからは秋に似合いの虫達の鳴き声も聞こえ始めている。 「あー、なっちゃんだー」 「ほんとだー」 「ん? あれ、どうしたの? こんな所で」  声を掛けられて顔を上げれば、近所の子どもたち。 「プール行ってきたの。なっちゃん、何やってるのー?」 「日向ぼっこ……じゃなかった、夕涼み」 「えー、イエナキ子でしょー? 言ってたもん」 「どーじょーするなら、カネをくれー?」  生憎と犬は連れていない。  己の友は、かわいく笑っているお地蔵さんのウチワだけである。無邪気に言い放たれた言葉に唖然とした奈智を見上げ、二人の子どもは声を揃えた。 「「なっちゃん、かわいそー」」 「ぼくのお家おいでよ」  ──誰だ。  こんな無垢な子どもたちにそんなデタラメを吹かしこんだヤツは。そして、ネタが若干古い。親であろうか?  聞いていないようで、子どもはしっかりと大人の言葉を聞いているのである。  心の涙を流しつつ、奈智は彼等に微笑む。 「お家はあるから、大丈夫。ありがとう、心配してくれて」 「よしよし。いい子いい子。なっちゃんいい子ー」 「……」  いっぱいに背伸びをして己の頭を撫でる、そのちいさな掌に慰められる。 子ども達のやさしさと夕陽が眩しかった日。 [06] Saturday 突然の雨に打たれて 「久しぶり、だなぁ」  重くなった空を見上げて奈智は呟いた。  さっきまでいい夕暮れだったのに。  突如として響いた雷鳴に大粒の叩きつけるような雨。夕涼みをしていた奈智は傘を持っておらず、現在濡れネズミ。ここ数年ではあまり出会っていなかったため夕立をすっかりと失念していた。  洗濯物は取り込んできたから大丈夫。  顔に張り付いた髪を掻き揚げ、滴る雫に目を眇める。視界に入ったグッショリと濡れて不快感を覚える包帯を外していく。  ──中々治らない。  水仕事もする所為かむしろ膿んで悪化しているように感じる。消毒はしているが、季節柄なこともあるのだろうか。翳(かざ)した掌の向こうに光る雷鳴。 「キレイ……」 「きゃあっ」  突如近くから聞こえた悲鳴に眼を見開く。  ──ダレ?  一人だと思っていた雨宿りの空間に他人が居たらしい。 「……ぁ、すみません、うるさくて。カミナリ苦手で……っや!」  会話の途中でも響く大きな音に、身を竦めて声を上げる。  あぁ、女の子ってかわいいな。  無駄に感動した奈智はその様子を眺めていた。そうして、抱きつかれて更に瞠目する。自分よりも一回りも細いカタカタと震える腕と身体。 「大丈夫だよ、時期に遠くに行くから」  昨日、近所の子ども達にされたように、頭を撫でてやる。  落ち着くように。  自分にはキレイだと感じる雷。しかし苦手な人からは恐怖を感じる不思議さ。徐々に落ち着いてきたのか、己に引っ付いている女の子から振るえが納まってきているように思われる。  響く電子音。  沙和だ。 「どうしたの?」 『すっごい雨だから、どーしたかなーって思ってー』 「雨宿りしてる」 『迎え行こっかー?』 「いいよ。あ、晴れてきたし」 『ふーん、そう。変なのに捕まんないでねー、なちぃ』 「何それ? まぁ、いいや切るよ──雷も雨も止んだね。帰れる?」  未だに己にしがみ付いている女の子に声を掛ける。ぎこちなく頷く姿を確認して、奈智は微笑んだ。 「水溜りあるから、気をつけてね」 顔を紅くして何度も頷く女の子に、恥ずかしくて喋られないのだと勘違いした草食系男子・奈智に春の訪れはまだない。 [07] Sunday 夕飯の買い出し 「えっと、ゼリーの素……これでいいか。あと寒天と」  卵や牛乳、肉に魚、野菜をカゴに入れ、残りは己の非常食。見つけた粉寒天を手に取り、奈智は溜め息をついた。  便利になったものだ。以前、寒天は水から戻して使用していたのに。この状態ならば、必要なときにその量を投入すればいいだけだ。寒天は牛乳を入れれば牛乳寒。杏仁霜(きょうにんそう)を入れれば杏仁豆腐へ早変わり。そしてゼリーはカロリー摂取に。  気付いて手にした品物とカゴを持って立ち尽くし、人から離れた己の食事に密かに涙を流す。  残暑はキツク残っていようとも少しずつでも涼しくなってきた為、停滞していた食欲は徐々にであるが上昇気味である。  それでも、この有様。  落ち込んだ己を少しでも慰めようと、奈智は別のコーナーへ足を運ぶ。  寒天だろうがゼリーだろうが、少しくらいは贅沢して果物を入れよう。そうすればビタミン取れるかもしれないし。  こっそりと制作してもいつの間にか家族に渡っていて、自分の口に入るのは少ない事が多い。それならば、見越して余裕を持った方がいい。  ミカンとパイナップルの缶詰をカゴに入れつつ、そういえば以前も悩んだことがあったと思い出す。  あの時はケーキのフルーツを彼が決めてくれたのだ。 「……」 「あれ? 奈智?」 「っあ、真咲(まさき)……」  掛けられた声に飛ばしていた意識を引き戻され、奈智は友人を仰いだ。 「そっちも、買出し?」 「うん、そう。今日流し素麺するんだって」 「家で?」 「笑っちゃうよね。本格的に竹取る所からはじめて、今骨組みしてる。何か凄いのできるみたい。皆居るよ。奈智も来る?」  思い出したのか、笑みを深くして誘ってくれる仲の良い友人に微笑み返す。 「そうだね、面白そう」 「決まり」  皆でワイワイするのも楽しそうだ。 訪れた友人宅で目にする流し素麺台に感嘆を漏らした奈智だった。

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