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おまけ
「──何? 小言でも言いに来たの、壮大(あきひろ)?」
飲みかけの麦茶をそのままに店を飛び出したちいさな背を見送って、香坂は背後に視線を向けないまま堅い声で問いかけた。
「いんや? 俺が口出しすることじゃあないから」
「っだったら! 何であの時、奈智くんを自宅じゃなくて──」
パチン。
感情的になって振り仰いだ香坂の髪留めを勝手に外し、男は長い癖のあるそれに口を付けた。
ふざけた声音とは裏腹の強い視線に香坂は言葉を飲み込む。
「足立とはある程度、利害が一致してるからね。弟君の事がどこに転んでも関係ない。俺がとっ捕まえてらんないのは怜(りょう)、お前だけだ」
「……知らない、そんなこと」
男の腕から逃れたいのに、捕らえられたままの一房の所為で離れられない。
己の下唇を噛んだ場所へ這わされる相手の親指。
「たとえ、お前さんが感傷で知っている事実を弟君に言っても、俺は怒らない。それを真実と取るかは最終的に少年が決めることだからね」
「それは……でも、」
知らぬよりは、知っていた方が後々の一つの参考にもなる。
第一に、
「俺らが隠していいことじゃ、ない、だろ……」
渦中(かちゅう)の人間が知らぬ間に、事が運んでいくのだ。しかも、他人が関わって良いように変えていく。いい気持ちがするわけが無い。
「そういう感情論、できないなぁ」
妙に間延びした感嘆に、カチンと来る。
「どうせ、ガキだよ……」
俯いて視線を逸らせば、再び引き上げられる。
「そういうことじゃあなくて。基本的動力源はソコだけど、どうしても守りに徹するからね、俺は。大きくなると、感情以外にも頭で考えちゃうでしょ」
嘘をつけ。守りどころか、この男は害があると判断したモノには塵一つ無く徹底的に叩きのめす攻撃性を秘めている。
そして、やはり言外に自分を子供であると言っているのではないか。
短くため息をつき、店の扉を見やる。
どうか、彼の望む幸いが舞い込みますように。
香坂は願った。
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