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 浴衣と金魚と空の花 別視点 ※ひよこ屋様(http://id15.fm-p.jp/33/Yellowmarfee/)よりお題をお借りしました。 金魚すくい  ふと。  何か見慣れたものが視界に入った──気がした。  気のせいだろう。この喧騒の中だ。再び視線を戻しつつ、拾った声に耳を疑う。 「ぼく、かわいいねー。あっち行って一緒に遊ぼうよ」 「……ぇ、俺ですか? ここで金魚を──」 「いーじゃん、いーじゃん! ほら! さっきから見てたけど、ヒマそうじゃん」 「その坊主は、このしがない金魚屋の上客だ。にーちゃん、どうかしたかい?」  鋭い眼光で見据えた貫禄のある店主に軟派な客は後ずさる。  一部始終を眺めて堀は頭を抱えたくなった。  ──さすが、魔性。  リンゴ飴をおいしそうに銜(くわ)えた、濃い色の浴衣を纏った姿は間違いなく奈智。そそくさと去って行く男の背を見送ってから、気を取り直して声を掛ける。 「奈智? どうした、こんな所で」 夜空の花  ──流されているんだろうな。  キスの合間に相手を観察して思う。  以前奈智が体調を崩して部屋に泊まらせた時も、堀からのアプローチにキョトンとしていただけだった。幼いというか、何というか。  奈智が極端に自分に向けられる好意への無関心振りは、彼の兄か弟が何かしら仕向けた事なのか。  嫌われてはいないだろうが、まず自覚自体が乏しいのだろう。  だが、それも少しずつ慣らしていけばいい。  ドオォン。  腹に響く音に、ゆっくりと持ち上がる瞼。 「……きれい」  己の肩越しに花開く夜空の火花を映して細められた瞳を認め、自然と頬が緩む。 「ああ」  力強さと刹那的な美しさとを兼ね備え、瞬く間に打ち上げられる色とりどりの花を二人で見上げた。 二人は夏の色  理不尽な通話の後、抱き寄せた細い身体からはやわらかな匂いがした。  先ほど若干肌蹴させて色っぽい項(うなじ)が危うく誘う。──当の本人は全く気付いていないだろうが。 「あの、先輩……?」  困惑した声音に自然と口角が上がる。 「次は……今度は二人で行こうな」  己を二の次にしてしまう、このちいさく一見脆そうだけれど実は芯のある奈智と二人で、邪魔の入らない所で。 「……は、い」  抱き込んだ奈智からの微かな返事を確認して、再び約束の証の様に唇を攫った。 夕涼みしようよ 「ありがとうございました。イマイチ場所が解らなかくて困っていたので、とても助かってしまいました」  どうも迷子だったらしい彼を連れて大通りまで進む。  それでは、と背を向きかける小さな姿に声を掛ける。 「俺も行く」 「え? でも、用事があったんじゃないんですか?」  眼を丸くしてコテンと首を傾げる光景に、己の理性が試される危機に陥る。 「用件はこれだけだ」  呆れながら掲げるのは、空気のように軽い袋。  いい年扱いたオバサンがナゼ綿菓子。 『いーい? あたしはあの甘いのが欲しいの。丁度いい所に道連れがいるから、とっ捕まえなさい。そうすれば、デカイあんたが買っても恥ずかしくないわ。ちなみに奢りね』  不気味に光る凶器のタロットカードを息子の喉元にチラつかせ、オネダリする彼女の笑顔はどう見ても脅迫である。大体にして、夫婦喧嘩で時々宙を舞うあのカードが壁に刺さること事態、不可思議なのだ。そのため元々行く気のなかった、少し距離のある場所に位置する納涼祭へ用事ができてしまった。  色々といいようにハメられている気がしてならない。 「先輩?」 「……あぁ、着替えだったな」  黙ってしまった己を気遣う声に我に返る。 「奈智は良かったのか? 他の所、見なくて」 「俺は母親が浴衣着せたくて、でも父親とデートなので追い出されただけなので。金魚見れて満足です」  やわらかに微笑んだ顔に何とも言えない感情を抱き、払拭するようにそのちいさな頭を撫でてやる。 「……互いに苦労するな」 「? そうなんですか?」  溜め息は喧騒に紛れた。 夏が終わるまで  カランコロン。  下駄の音が響く。  隣を歩く浴衣姿を改めて眺めて、堀は前々から思っていたことを口にした。 「歩き方というか、姿勢キレイだな」 「え?」  だから走るのが速いのだろうか。そういえば以前泊まった時に短パン(自分の物を貸したので、実際はもっと長かった)から覗く白い足の形も整っていると感じたのだ。しっかりと土踏まずはできているし、足首は締まっている。 「は、はぁ。はじめて言われました」  小動物か何かのようにキョトンと目を剥いて見上げてくる視線を捉える。 「あの?」  耳朶をくすぐり、辿り着いたのは少し前に送った深い色のピアス。 「兄貴は何か言ったか?」 「え? あ、コレですか? いえ、特別には」  目ざといあの男のことだ。気付かないはずはない。黙認しているという事は、若干寛容になったのだろうか。それとも、興味が無いか。──いや、それは無いな。  兄弟で過保護に奈智の動向を窺っていたくらいである。少しは自分にも希望があるということだろうか。  どっちにしろ、 「なかなか険しい道のりだな。──あぁ、着替えを取りに行くんだったな」  疑問符を顔一杯に貼り付けた奈智の夏バテの為細くなった腰を抱き、人通りのない夜道を帰路についた。

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