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「……終わんないんだけどー! わーかんなぁーいー」
──飽(あ)きたな。
大声を上げてシャーペンを放り投げた双子の弟の手元を奈智は覗きこんだ。
「どこ?」
「ぜんぶー! なぁちー、癒してー」
己に引っ付いてくる沙和を宥めつつ、彼が格闘していた文章の羅列に目を通す。
「ホントに国語苦手だね。……あぁ、説明文か。うーん、説明文って簡単に言うと『ウォー○ーを探せ』だよ」
「えー……?」
訝しげな声を上げられる。
「激しく誤解を生む説明だな」
カタカタとパソコンで論文か何かを無言で打ち込んでいた家主は視線を上げ、普段は使用していない眼鏡を外す。
「そうですか? キーワードを見つけると比較的考えやすいよ」
要はとある事柄について解り易く説明・解読する文章のこと。その言いたい事柄を見つければ、こちらのもの。長ったらしい文章の肉付けを削ぎ落として骨にして、設問に答えていけば良いだけである。
「あとは国語のどの文章問題にもいえるけど、先に質問を読んでおくといいよ」
これは方法の一つではあるが。
「沙和って、元々本とか文章読まないから慣れてないのかもね」
日本人なのに、日本語がよく解っていないという。
気の毒になってきて、やさしく頭を撫でてやる。その行為が家主の機嫌を急降下させている原因だとは知らず。
「それは言えるな。──おい、離れろ」
「しつれーしちゃーう! 堀ちゃんセンパイに言われたくなーいー!! コレはオレの武器ですー」
「武器?」
ゲームや小説以外ではあまり聞きなれない単語を耳にして、奈智は首を傾げた。あとは女の子が使うとかっていう、涙もソレに該当するのだろうか。
若干女子に夢を抱いている奈智は、強(したた)かな計算があるとは露知らず。
「生活のチエ? ってゆーのー?」
「要らない知恵だな」
「堀ちゃんセンパイにはかんけーなぁーいー! このかわいらしさがわかんないのー?」
潤んだ大きな瞳で見上げて、直後舌を出して威嚇する双子の弟に溜め息をつく。
「せっかくいい学校行ってるんだから、勉学も身に付ければ?」
そろそろ抱きつかれていると熱くて仕方が無い。それでなくとも、バテているのに。
「だぁってぇー、オレの目的はぁ『西校に入学すること』だったもーん!」
あぁ、そういえばそうだった。
だから入学後、勉強するつもりはあまりないと。
なんともヒドイ冗談である。
学校の先生方、そして同時期受験だった人たち、ごめんなさい。空を見上げて奈智は心の中で手を合わせて涙した。この弟が合格したが為に、受かりたくとも入れなかった憐れな受験生が一名脱落したのだ。一生懸命勉強して試験に臨んだかもしれない彼もしくは彼女は、付け焼刃の勉強の沙和に己の人生を左右されたのである。世の中、なんて不公平。
「達成したら、新しく目標立てないの? 捨てられるよ?」
多聴兄に。
「……うぅーっ、そんなコトないもーんー……」
若干弱気になったのか、語尾に力が無い。
「話が見えないな」
「あ、多聴兄が沙和に出した条件のひとつだったんです。『西校入学』が」
そうか、堀ちゃん先輩は沙和から聞いたことがなければ知らないはずだ。
以前、付き合う付き合わないのとドタバタして、その上何故か無関係なハズの己を巻き込んでの一大事。
死ぬ気で頑張って、当時家庭教師の二ノ宮についてもらって無事に春を迎えたのに。
「先輩は高校時代どうだったんですか?」
沙和のように終了間近になって夏休みの宿題に明け暮れていたとは考えにくいのだが。
「……」
無言で彼方に視線を向けた堀ちゃん先輩に、ここぞとばかりに沙和が口を出す。
「堀ちゃんセンパイはー、ヤンチャし……もごっ!」
反撃しだした口を塞がれ、相手を睨みつけて解放しようとするも力の差がそれを許さない。しかも沙和は自分にくっ付いたままである。
絡まっている男達を眺めて溜め息をついた。
終わりの見えない攻防に、奈智は実は自宅で勉強するのとそれほど変わりはないのではないかと思考を巡らす、夏休み残すところ三日の出来事。
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