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48 水面下の攻防
書類の最終確認の後、奈智は辺りを見回して溜め息をついた。
「辛気臭いな。どうした、奈智? 俺でよければ、相談乗るぞ」
「ありがと、副会長……どうしたの、ソレ」
肩を抱かれ引き寄せられた先、高い背は長ランに身を包んでいる。たとえ己よりも長身で男の自分よりも男らしく、女生徒からも盛大なる人気を得ようとも、彼女は女性である。生物学的に。近頃、自分の中の認識が実は間違ってはいやしないかと、若干心配になっているのは秘密である。
「あぁ、体育祭はコレだと渡された」
ファンの子猫ちゃんからなのだろう。
たしか、生徒会長はどこで新調したのか真っ白な袴だった。
翌日を体育祭に控えた本日。奈智は端くれでも生徒会として、もろもろの準備に励んでいた。少しずつ準備をしていたも、やはり直前になると不安になるものだ。昨年度の生徒会役員も三年として参加しているので、彼等からお叱りを受けることは避けたい。──まぁ、今まで一度も無いが。
「奈智のは?」
「……俺は、着ない! 無い!」
考えるだけでも恐ろしい女装に、断固拒否した奈智はその存在を記憶からキレイサッパリ抹消した。一体どんなコスプレ大会だ。
「誰だったか、奈智はそのままの体操着でも『鼻血出そう!』って言ってたヤツもいたぞ」
「何で?」
全身に鳥肌を立てて身体を丸め回想していた奈智は副会長の意味不明な言葉で顔を上げた。いつもの体育の恰好だ。まず、意味が解らない。
「『半そで半ズボンから伸びるスラリとした手足、チョロチョロと動き回り、時々拝める腹チラ! コレだけで、白米三杯は軽い!!』って」
「ナニソレ?」
「俺にも解らん。気をつけろよ」
「ふーん? まぁ、明日の進行は大筋いいと思うよ」
他の教師も参加するが、基本運営は生徒会と体育委員と体育教師。年に一度の体育の祭典、運動好きから苦手な人間まで楽しめるのが一番である。
「今年も縦割りできてよかったね」
「生徒数少なくなってきたからな」
昨今世間を騒がす少子化により、ひとクラスの人数も激減。たぶん、来年度の新入生は現行のクラス数よりも減るだろう。次年度の生徒会役員に同情しつつ、副会長の呟かれた声に耳を疑って固まった。
「チッ、チアガール楽しみにしてたのにな」
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