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49 攻防センセーション
……一体。
ずっと直線のままだったが、急にフェイントをかけて奈智は相手の失速を狙った。
部活動の姿のまま出場した剣道部員や、頭部すべてを覆うタイプのマスクをつけた馬面の障害物競走に笑い、もちろん最下位。割り与えられていた進行の仕事をして、クラスの自分の席に戻ったら、友人がいつの間にか女生徒の餌食になっており、うっかりとかわいらしい髪型になっており仰天したりと、皆思い思いに体育祭を楽しんでいた。
昼までのプログラムは順調だったのだ。滞りなく。
なのに、ナゼ?
一年から三年までを縦割りした、全六チームの得点表を軽々と飛び越えて奈智は溜め息をついた。直後、派手な音を立てて得点板をひっくり返した、他チームの生徒の不運とともに、それを直すことになるであろう生徒会の後輩に心の中で手を合わせる。
『奈智、これから気をつけなね』
一緒に弁当を食べた後食材に感謝の意を唱えつつ、赤いリボンを交えて編み込みされた頭のまま自分の肩を叩いた友人の真咲(まさき)はコレを見越していたというのだろうか。それに頷いた蓮見(はすみ)も。
数名の脱落者を生んでも、未だに追ってくる生徒を振り切ろうと再び体育祭参加者の間を縫う。
……スポーツの祭典なのに。
いつぞやの鬼ごっこのように後ろをチラリと振り返って、胸中で悪態をつく。
逃げるから追ってくるのだと心理は何となく解らないでもないが、しかし押し合いへし合いの揉みくちゃの中、時々セクハラを仕掛けてくる輩にはほとほと手を焼く。ドサクサに紛れてピンポイントに股間を弄(まさぐ)られそうになった時はどうしようかと青ざめた。
もっといいモノがあると思うよ。
第一、男女共学の学校だ。骨と筋の自分よりも、やわらかくかわいい女の子が居るのに。
もっと視界を広げたほうがいいよ。バラ色人生間違いなし。
半ばヤケクソ気味に思考を暴走させていれば、声を掛けられる。
「おお、奈智。楽しそうだな」
「っ副会長、何かごめん。生徒会の仕事できて──」
ない。と言い掛けて、続く長ランの女生徒の言葉に奈智は危うく倉庫に突っ込みそうになった。
「まさか俺の言った事、真に受けるとはな。頑張れ」
ハンカチを振りそうな勢いで、さも他人事だと健闘を祈られてその胸倉を掴みあげそうになる。
「っどういうこと?!」
「元気だな。『勝つには、赤組の選抜リレーは奈智がネックだよな』って言った事あってな」
「ソレって、副会長も生徒会長も同じでしょっ!!」
両者とも、聞いたところによるとスポーツテストはランクA。どこをどう取って、ヒトの名前を出したのだ。ちなみに、腕力の無い奈智はハンドボール投げで毎年ゴッソリと点数を落とすため、判定はBもしくはかろうじてAである。
不平等を叫んだ奈智をよしよしと撫でつつ、とても同学年とは思えない大人な副会長は適当にいなす。
「どっこいどっこいだな。みんな、アイス欲しいってコトだろ」
担任を持っている教師は、学祭であったり、論文大会であったり、合唱コンクールであったり……時としてまるで子供のように他の教師陣と張り合うことがある。馬の鼻先にニンジンをぶら下げる要領で、生徒の前にチラつかせるのはクラス担任自腹購入予定のアイスやジュース。生徒側もタダでタかれるとあって、乗りがいい。その一番の勝敗がはっきりするのが、本日。
体育祭だけでなく他の行事も終わってからは特別後を引かないので、ソコは褒められる所であろう。
平和な証拠と共に、言いようの無い敗北感を噛み締める奈智を横目に、副会長は提案した。
「そろそろ逃げた方がいいんじゃないのか?」
ジュースを勝ち取った奈智はこれから急増殖する、運動部部長と顧問からの熱烈なラブコールをまだ知らない。
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