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52 忘れ物

「ちょっとー奈智!!」 「っ、どうしたの?」  部屋に勢い込んできた双子の弟に、奈智は後ずさって距離を置いた。  思い起こしても、沙和にこんな剣幕で迫られる覚えはからっきしない。例えば多聴がらみなどとは、特に欠片もない。 「どうした、じゃないっー! ケータイ持ってないって、どーゆーコト!?」 「……え? バックのどっかに」  あるはず、とまで言わせてもらえず、とっとと探して来いと持っていた雑誌で手荒に頭を叩かれる始末。  なかなかひどい扱いを弟にされつつ、聞き分けの良い兄は己のバックを探った。 「──あれ?」  ない。 「バカなち!! 堀ちゃんセンパイから、預かってるって連絡あったー!」 「なんで?」 「オレが知りたーいー! 最後に使ったの、いつー?」  最後。  キーリングから第一号目の光る輪っかを外して、堀ちゃん先輩に渡した時には確かあった。その後にも待ち合わせの時に──。 「あ、静香さんに奪われたまま」  思い出して、奈智は手を合わせた。  あれは仲良し夫との喧嘩で腹を立てた家出夫人につき合わされ、ついでに不明のままだった鍵穴の存在を知らされ。  そう、ちょうど一ヶ月近く前。あの頃は残暑にバテていたが、現在はちょっとした防寒具片手に無事めでたく復活を果たした公園巡りキャンペーン。これが喜んでいいかどうかは、イマイチ判断つかないのが悲しいところ。結局、状況的には何も改善されておらず、振り出しに戻っただけ。 「っちょっとー! ウワキぃー!?」  中々変わらない己の置かれている状況に頭痛を覚えた奈智は、今まで以上に大音量での発言と更に遠慮なく圧し掛かれ呻(うめ)いた。 「……ナニさ、浮気って。人聞き悪い」 「なちから女の人の名前って、すっっごく似合わなーいー! 堀ちゃんセンパイに言いつけてやるー!!」  失礼な。  いつも男の名前を喋っているというのか。とんでもない話である。それこそ、兄と堀ちゃん先輩の話題しか出てこないのは、この弟の方である。学校では人気者で友達たくさんいると、いつぞや同じ学校に通う幼馴染から聞いたのにこの有様。それだけ沙和の中心で回っているのが彼等だというのだろうか。 「……その先輩のお母さんなんだけど」 「ちょっとーどーゆーことー!? 親こーにんの仲なのー?!」  やだーと天に向かって叫んだ沙和の発言の意味が解らない。では、同い年のかわいい女の子であったならば良かったのかと言えば、これまた異を唱えるのだろう。一体どうしろというのだ。 「先輩、何か言ってた?」 「聞いてなーい!」  えへっと舌を出されても、多聴ではないためあいにくと効果は全くない。  どうしてくれよう、この使えなさ。 「携帯持ってないって、怒ったのは沙和でしょ。別に俺はあってもなくても、そんなに変わらないし」  昨今の学生の必需品と謳われているアイテムであるが、いかんせん己にはその需要がイマイチない。この一ヶ月、無かったのに気付かなかったほどだ。一層の事、このまま解約してしまおうか。うん、それがいい。 「ねぇ、なち? キンギョとお別れになっちゃうよー?」  かわいらしく小首を傾げた弟の言葉に、固まった奈智の思考は愛して止まない携帯の待ち受けへと向かった。

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