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53 異次元トビラ
ほかほかと温まった身体で階段を昇り、奈智は自室の扉を開きかけた。
「多聴兄、沙和、お風呂お先に」
生まれた順と同じ配置の部屋は真ん中の己の位置から声を掛ければ聞こえるはずが、本日は返事なし。
普段ならば、あーとかうーとか何かしらあるはず。
キィ、パタン。
不審に思って弟の部屋を開けば、広がる腐界に即座に回れ右をする。
「どこか行くって言ってたっけ?」
自分が風呂を借りる直前は見かけたはず。あれから出掛けるなどと、ドライブもしくは深夜徘徊、コンビニだろうか? 上げられる範囲は限られる。多聴という財布でも居なければ、弟にカフェやファミレスなどという選択肢は発生しない。それでなくとも、アルバイトをするなど資金調達していないのだ。両親から与えられる毎月のお小遣いなど、宵越しの金を持たない沙和には月末はカツカツなハズ。ちなみに、悲しいかな奈智は小遣いすらもない。スズメの涙とはいえ、収入源があるからだそうだ。そして、ほとほと沙和に甘いクセに意外や意外多聴もそれほど恋人の欲しがるものをバカスカと貢がない。我が家の人間は財布の紐は固いらしい。とても兄の友人の宇宙人とは比べ物にならないと、仕方なく再びキーリングに通された神々しい第二号が頭を掠めたが、気付かなかった振りをする。
では、一体どうしたのだろう。
首を傾げた拍子に滴り落ちる雫に気付く。
『ほら、しっかり乾かせ。風邪ひくぞ』
「……」
蘇った溜め息交じりの繊細に動く大きな掌を思い出し、奈智は無言でタオルドライを再開させる。
普段ならば、己が双子の弟に注意する側なのに、彼の前ではいつも指摘される側になるのはなぜだろう。まるで母親や何かのようだ。風呂の余韻で熱を持った頬を、頭一つ振ることで払拭し思考を切り替える。
そうだ、お風呂。自分は用済みであるが、湯船が冷めてしまう。
「多聴兄、おふ……ろ……」
「ぁあ?」
仕方無しに兄の部屋の扉を開いて飛び込んできた光景に、奈智は心底後悔した。
「……ふぁ、ん……っンぁ……」
申し訳程度にシャツを肩に引っ掛けてほぼ全裸に近い状態でグップリと背後の男を銜え込み、胸の突起を弄られ、猿轡(さるぐつわ)から無数の唾液を垂れ流して潤んだ瞳で顔を赤らめている──己と同じ顔をした、双子の弟。
「…………おやすみ」
柱に縋った奈智は誰ともなく呟いて、閉める扉の向こうは先ほどと同じで幻覚だと言い聞かせる。
以前は用心していたのだが、うっかりとしていた。
タオルを頭に被せたまま、その場にしゃがみ込んで己の迂闊さに大ダメージを負った奈智は痛みを訴える頭を抱えた。
安寧なる己の身と心を守るため、翌日ホームセンターに兄弟部屋用の鍵を購入する奈智の姿があった。
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