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54 水入らず
「あれ、どうしたの?」
帰宅後、リビングのソファにぐったりと身体を預けた母親を発見して、エコバックを担いだ奈智は目を瞬かせた。
確か両親共々今日も仕事で遅くなると聞いていたので、友人の真咲(まさき)と蓮見(はすみ)を連れ立ってあーでもないこーでもないと、ゆっくりと食材の買出しに出掛けていた。そのため、これから夕食の準備に取り掛かるところだ。
「お腹張っちゃって、早退したのよ」
「ココじゃなくって、寝室行った方がいいんじゃない? それとも動けない?」
担いででも連れて行ったほうがいいか、もしくは落ち着くまで居させるべきか。場合によっては父親を呼ぶべきなのだろうか。
若干顔色のない母を思いやって、孝行息子はあれこれと思案する。
「ありがとうね、買出しまでしてくれて」
「いいよ、別に。真咲や蓮見と遊びながらだし、食費は出してもらってるから」
立替はするものの後で精算して請求するため、気になった食材は買い放題。意外と奈智自身もこの制度を気に入っている。
いや、それよりもまずはこの母の状況を何とかした方がいいのでは?
「ダメね。やっぱり年なのかしら。あんた達の時とは全然違うわね」
「そうなの?」
あいにくと女性でもなければ、出産育児を経験した事のない自分には何がダメなのかすら見当つかない。人ひとりが入った大きなお腹を抱えて仕事に家事にと勤しむ姿を眺めていれば、不安を隠せないのは事実。自分達の場合はどうであったのかは、中に居たため当然ながら比較出来ないが、ひとつ確実なのは現在の二倍だったということ。
首を傾げる奈智をちいさく笑って、彼女はおいでおいでと招く。
「お医者さんに行ったらね、仕事休んだ方がいいって。まぁ、元々もう少ししたら産休に入る予定だったから、あんまり違わないかもしれないけど。──遊びたいでしょうに、今までもこれからも家のことで、奈智には迷惑かけるわね」
ソコに兄と弟が入らないのは、さすがというべきか。彼等の性格をしっかりと把握している親だからこその判断なのだろう。
「それほどじゃないよ。多聴兄や沙和が家事やったら、自分でやるより大変だし」
過去の台所の惨状を思い出して、身震いする。アレは元通りにするのに二日かかった。その労力を考えるならば、己の遊ぶ時間を少しくらい削るのは惜しくない。
「……何で、あんただけしか真っ直ぐ育ってくれなかったのかしらね」
長く溜め息をついた母に奈智は返す言葉を見つけるため明後日を眺めたが、どうも発見する事は出来なかった。
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