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55 巣と外敵
「ちょっとー、なぁーちぃー!! だーいじけん!!」
自室に飛び込んできた双子の弟に、奈智は胡乱な視線を隠そうともしなかった。
「……なに?」
些細な事だったら、怒るよ。
授業を受け、生徒会の仕事を終わらせ、帰宅して家事をある程度こなして、夜遅くまでアルバイトに励み、風呂に入って、翌日の朝食の簡単な仕込みも終えて、「さぁ今日もよく働いた」とベッドに潜り込んでうとうとしはじめた正にそのタイミングで乱入してきた沙和に、心の広い奈智もさすがに機嫌よく返事はできなかった。
「ねー、きーてるー?」
「聞いてるよ」
深夜も迷惑なハイテンションの沙和に布団を剥がれ、寝ぼけ眼を擦りつつあくびを漏らす。自分に害がなければ好きなようにしてくれていいのだが、如何せん翌日というか日付変わった本日は昼間に用事がある。その予定を伝えてはいないが、いい加減寝かせて欲しいというのが本心。
「おかーさん、さんきゅーだってー」
「…………うん、しってる。おやすみ」
先日知らされた、母の体調不良から早められた出産休暇を沙和は知らされていなかったのか。よもや、その報告を言うがためだけに乱入してきたとしたら泣けてくる。
返して、貴重な俺の睡眠時間。
用は終わったとばかりに背を向ければ、今度は身体に乗り上げられる。
「……重い、沙和」
呻(うめ)いた奈智に気付かないのか、更に揺さぶりはじめた双子の弟は声を上げる。
「さんきゅーって、ずっと家に居るってコトでしょー?! オレと多聴兄ぃの愛の巣はー!?」
……言いたい事は、ソレか。
本気で脱力した奈智は、ベッドに縋ってそのまま夢の世界に旅立ちたかった。しかし、無常にもそれを阻むのは、大変迷惑な不満をぶつける漬物石か何かのような弟の存在。いや、喋らず動かない分だけ石の方が可愛い。
要は今まで好き勝手に家中で情事に耽(ふけ)っていたが、両親に己らの関係を明かしていない手前これからはそうもしてられない。母の居る、いつ部屋に入ってくるとも判断つかない自宅では、以前のように気ままに愛し合えないということだ。今さらに気付いてみれば、両親の帰宅している中でおっぱじめる時は、いつも自分も居る。実は気付かぬ内に見張りとして役割を担わされていたのではないかと、イヤな思考に辿り着いてしまい奈智は頭痛を覚えた。
そして愛の巣云々と騒ぐが、あいにくと外敵から身を守れる位置の水辺の心地よい場所を発見しカヤをひとつひとつ運び少しずつでも地道に作り上げたこの巣を先にこしらえたのは、確実に両親が先である。その結果が兄であり、自分であり、弟であり、これから生まれる新たな生命だ。後から発生したクセに何をほざく。
うん、もうラブホテルでも行ったらいいと思うよ。そうすれば全てが丸く納まる。なけなしの己のお小遣いもカンパするから。
「っ、解ったから、退いて!!」
「もー、なちったら、かわいー!」
馬乗りになられた体勢にジタバタともがいて脱出を図るも叶わず、早々に諦めかけてきた奈智を沙和は抱きしめる。
「えいっ!!」
ちっとも人の話を聞いていない沙和の元気な掛け声と共に首筋に走る痛みに、ついに奈智は力尽きた。
「──と、言う訳デス……」
「……」
背後から突き刺さる視線と痛い沈黙に、意味も解らず冷たい汗を密かに流す。自分はまったく悪くない。むしろ被害者なのに、この仕打ちは一体何だ。
ナゼか責められているらしい気配は感じ取って、奈智は泣きたくなった。
すっかり存在を忘れ去っていた携帯電話を、静香出発・堀ちゃん先輩経由で受け取りに彼の家にお邪魔したら急に後ろから大きな腕に閉じ込められた。そうして、発見された首筋のシルシと共にあくびと眠たげな様子を詰問されて、奈智はとつとつと早朝の出来事を口にして、今。
「……恋人じゃ、ないのか」
確かめるようにして区切られた低い声音に首を傾げる。
「え、もしかして、沙和と多聴兄が恋人同士って知らなかったんですか?」
今までの様子からてっきり兄と双子の弟が関係を持っていることを知っているとばかり思っていたけど、どうしよう。そしたら、自分が当事者である彼等を差し置いてカミングアウトしてしまったという事か? それだけは、どうしてもいただけない。
「っえっと、えっとですね! 兄と弟は──」
己の仕出かした重大事件に青くなってどもりはじめた奈智の肩に顔を埋めて、堀ちゃん先輩は重い溜め息をついた。
「……ソレはだいぶ前から知ってる」
「よかった……!」
相手からの返事を聞いて胸をひとなでした奈智は思案する。
「まぁ、あの二人も付き合ってはじめてのクリスマスだから、余計に敏感になるのかもしれませんが」
帰ったら、もうちょっとやさしく接してあげよう。
うんうんと頷いて、ハタと気付く。
「先輩、寒いですか?」
「奈智はどうなんだ?」
腰を引き寄せ肩を抱いたままずっと自分に引っ付いている男を振り返って疑問を口にすれば、被せるようにして質問される。
「ぇ、──ぅん……ぁ、ン……」
顎を上げられ、いつの間にか鼻先にあった苦い顔をした男前に目を見開く。
進入された口唇をネットリと舐め上げられる。
引きずり出された舌を絡められ、荒くなる息。
力の抜け切った身体で縋る先は、男ただ一人。
「クリスマス」
「──っぇ、」
貪られる唇に目を回し、互いの間に引かれた銀糸に顔を火照らせた奈智は囁きに反応できなかった。
稼ぎ時にガッツリとアルバイトを入れたと知った男が頭を抱えるのは、数分後。
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