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番外 旅人の行く先

「……居るのか? というか、来るのか?」  溜め息をついた堀克己(ほりかつみ)は、母校の近く小さな神社の境内に腰を下ろしていた。日中の暑さにはホトホト嫌気がさすが、急激に涼しくなる夜間との温度差に秋の足音を強く感じさせられる。仰ぐ空には、以前よりも格段に早く夜のベールが掛けられていく。  取り出した小袋に目を眇める。  コレを、自分が渡したキーリングの中で見つけた時には心臓が止まるかと思った。小動物か何かのようにキョトンとした後、気分の降下に気付いたらしい奈智(なち)が慌てはじめる様を眺めて、盛大に溜め息を吐き出しそうになった。多分、彼は不機嫌の理由を正確には理解しないまま。  奈智が自身に向けられる感情に気付かない鈍さは、愛らしいところではあるが同時に言いようのないじれったい部分でもある。 「まだココに来てたのか?」  響いた呆れの混じる声音に、胡乱な視線を向ける。 「卒業以来だ」 「──そうか」  約束どころか、連絡先も知らずに別れたままだったのだが。  まさか本当に会えるとは。直感も侮れない。  もしや、これが静香(しずか)の呪いかと薄ら寒い驚愕をおくびにも出さず、数年ぶりの初回の同級生を観察する。神々しい何かを連想させる明るい金髪を揺らして近づく男の名は、川嶋(かわしま)。学生時代はもっと派手な色をしていたが、それも落ち着いてきてはいるのだろう。余談であるが、ヤンチャをして高校を一年ダブったお陰で同級生にファーストとセカンドが存在する。野球でもおっ始めるのかと揶揄(やゆ)した悪友には、当の昔に制裁が終わっている。  セミに混じって名も知らぬ虫達の音色が、二人の間で一層に侘しさを引き立てる。  当時も特別示し合わせもないまま、境内で無言の空間を共有した覚えしかない。クラスもタイプも違うとくればそれほど会話もない。ただ、自分が持参したコーヒーを彼がいたく気に入った様子で時に……いや、かなりの頻度で奪われていたが。 「もう止めた」  差し出されたヤニを素っ気無く振って、手にしていた小袋を相手に向かって弾く。 「『北風と太陽』知ってるか?」 「イソップだろ」  サラッと明かされる作者名に驚きを隠せない。 「家業がアレだからって、本くらい読むぞ。義妹に読み聞かせもした」 「……似合わない」  想像して、だが脳が考えを拒否して頭を抱える。 「失礼なヤツだな。──まぁ、そんな事この俺に言えるのもお前くらいだな」  紫煙を立ち上らせて愉快そうに口角を上げる。  同級生どころか上級生・教師にまで腫れ物か何かのようにして怖れられていた男は、いつも孤高の存在だった。しかし、それなりに人懐っこい性格をしていると気付いたのは彼を知ってすぐ。 「北風にでもなるつもりか。怯えてる」  旅人のマントをどちらが先に脱がす事ができるかという、勝ち負け。強風を吹かせて、相手を逆に警戒させてしまう。 「あー……」  放った袋から出した指輪を掲げて、川嶋は声を漏らす。 「まさか、お前がココまで出てくるとは予想外」  指輪の出処を問いただすまで男の存在を知らなかったが、どうやら相手はそれ以前から奈智の向こうに居た自分を知っていたらしい。さすが、川嶋組の情報網。いや、この男自身のアンテナもかなり高いので、他の何かで知り得たのかもしれない。どちらにせよ、自分には解らない領域なのでどうしようもない。 「それで? 『足立奈智』から手を引けと?」 「ソコまで言える立場じゃない」  ただ、あまりにも目に余る強引に。 「知ってるか? マントじゃなく、ボウシかもな。ソレなら勝つ」  有名なのは旅人のマントの件であるが、別にボウシを飛ばす話がある。そちらは北風が勝利を掴む。物事の場合によっては、適応する手段が違うという事だ。 「──奈智は景品じゃない。周りの下らない勝ち負けで振り回していい子じゃない」  腕を組んで相手を見据える。 「ゾッコンだな」  煙と共にからかいを吐き出される。 「ああ」  散々遊んだが、多分ソレが一番合っている。自分でも笑ってしまうくらいの、本気のハツコイに。  星が瞬く夜空に溶け込む、ポツリと溢された呟き。 「……俺は、他の手段は知らない。チカラが総てだ」  一度伏せた目を、再び男に戻す。  握られた拳に宿る力。  家業が多少なりとも影響しているのだろう。次期頭として、囁かれ担がれ。聡く実力も伴うがために、異例というよりも異常な早さの抜擢に失脚を狙う者、それ以前に命の駆け引きを。常人である己には理解しがたい苦悩の数々が。 「総てでは、ないだろ」  嘲笑を浮かべた横顔を眺める。  ココまで長く話を交わしたのは、在学中もなかった。奈智が引き寄せてくれた、貴重な再会。 「前にも言ったが、自分のやさしさと周りも見てみろ」  義妹に本を読んでやる意味を、喧嘩を吹っ掛けられて一人で買う意味を。読み聞かせをしてやろうと思える義妹を、喧嘩に加勢はできないが包帯を巻いてくれる手を、心配から潤ませる瞳の存在を。  確か、以前は青空の下。今回は夜空の下。どちらも男の派手な色の頭を引き立たせる。 「お前が悪いヤツじゃないのは知ってる。俺が言えるのは、奈智にはもうちょっと手加減してやってくれ」  怖がってしまうから。  それで、この男の評価が悪くなってしまうのは、あまりにも勿体ない。 「決めるのは、奈智だからな。──受け取れ」  黙ってしまった川嶋に投げつける。  訝しげに掲げられる、アイスコーヒー入りの水筒。 「空になったら返しに来い」  始めて見る目を見開いた表情に笑って、告げるは己の部屋の住所。  腰を上げた堀は星の瞬く空を仰いだ。 「うえでぃんぐ」から「国外脱出」までの堀ちゃん先輩と川嶋のやり取り。

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