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59 訪問調査
「……」
「あら、どうなさいましたの?」
学校からの帰宅直後、奈智は眼前に広がる光景に激しい眩暈を覚えて、自宅の柱に縋りついた。
授業を終え、何故か乞われた部活動の助っ人を終え、生徒会の仕事を終え、疲れて帰ってくれば楽しげにお話しする二人。瀕死の頭と身体の見せる幻覚だと己に言い聞かせるも、ゆるふわお姫サマウェーブの彼女は消えてくれない。
我が家の居間に佇む、某有名お嬢様高校の制服に身を包んだ桜子(さくらこ)に最早声もない。
「あっれー? なちって、サクちゃんとお知り合いー?」
そうか。兄が知っているのだ、沙和も知っている可能性もあるだろう。まず、あの暗黒西高の先輩後輩という訳の解らない不穏な繋がりだ。自分は無関係。だがしかし、一体どんな高校なのだろう。元々、興味もなく行く気のサラサラなかった奈智は、案内も真面目に読んでいなかったため、内部は未知の世界。話を聞く限り無限に広がりゆく暗黒地帯に、もはや双子の弟の頭の中同様未開の土地にしておきたいと思うのも事実。
……今度、もし気になったら、あまり害のなさそうな堀ちゃん先輩にでも聞いてみよう。
「えぇ、それはもう」
微笑を湛(たた)えつつ、沙和と仲良くおしゃべりする彼女の発言に、ついに奈智は床に沈んだ。
「これから、お兄様の伴侶(はんりょ)となる方ですわ」
「はんりょって、ナニー?」
撃沈した奈智を放置して、二人の会話は進む。
「夫婦ですの」
「えー……なちは堀ちゃんセンパイのお嫁さんだよー!」
もはやドコから突っ込んでいいのかも不明な、まるでちいさな子供のケンカのような言い合いに、奈智の脆弱な胃は悲鳴を上げはじめる。
「……ご、ゴユックリ。俺、部屋に行く」
身体が持たない。
宣言した奈智はふらつきながら、階上の己の部屋へと脱出を試みる。
「一妻多夫ってコト?」
衝撃発言に足を踏み外し、階段から奈智が盛大に転がり落ちるまで、あと三秒。
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