76 / 87

61 出土したモノ

 めずらしい。  訝しげに、奈智は双子の弟を振り返った。 「なぁにー?」  槍でも降るのだろうか。窓の外を眺めるも、厚い雪雲ははるか彼方に流れるのを目にする以外にはほかの徴候はなんら無く、季節柄鈍くなった陽の光が開け放した窓から部屋の一部に降り注ぐ。 「今まで部屋の片付けなんて、したことないのに……」  週一度開催される沙和制作の腐界処理は己のひとつの仕事になっていたのだが、今回ははじめて助手がいる。そう、はじめてだ。  ガッサガサと音を立て、分別もせずにゴミを袋へ投げ込んでいく姿に溜め息をつきつつ、これから増えるであろう作業に脱力する。少しはやる気になったのだ。多くは望むまい。己へ言い聞かせてひとつ頭を振り、ハタキを握りなおす。ナゼ、一週間でこんなにホコリが積もるのだろう。 「沙和。要る物は解る所に置いてね」 「はーい!」  手を上げて元気良く繰り出される返事に、適当に相槌を打って奈智は片づけに戻った。 「何コレ?」 「ダンボールー! なちったら、しらないのー?」  可愛らしく首を傾げられても、生憎とときめかない。若干腐界を脱したゴミ部屋で誰の心が踊るというのだ。そんな情熱はぜひとも、掃除に当ててくれ。  第一、物の名前くらいは奈智とて知っている。  徐々に足の踏み場が姿を現し、掃除機を掛けられる段階になって発掘された大量の厚紙を胡乱気に眺める。 「──あぁ、引越しの?」 「そー!!」  閃いた事柄に手を止めれば、近くに居るのにまるで奈智の耳が遠いように大声で話される。そういえば廊下に出たあたり、丁度沙和と奈智の部屋の間くらいにも畳まれたままのダンボールの山が立て掛けられてあった。  道理で。 「沙和が手伝うハズだ」 「えへっ、いい子でしょ?」 「あー……はいはい」  改心や日頃の感謝からではなく、必要に迫られてか。  わずかな期待を見事なまでに裏切られた気持ちになり、力なく返した奈智に不服らしい双子の弟は頬を膨らませる。己だったら、まずやらない顔だ。そうか、こんな風になるのか。 「もー、なちったら、つめたぁーい!」  まるで鏡を見せ付けられているような一卵性双生児は若干の違いはあるものの、基本の作りは一緒なので、セルフで受けるダメージは計り知れない。 「……いつ行くの?」 「えー、なち知らないのー? お正月過ぎて、すぐじゃんー!!」  胸を張られても、知らないものは知らない。 「そっか。すぐだね」  あと少し、か。  そしたら、多聴兄も沙和も居なくなる。  賑やかなこの家は、静かになるだろう。寂しく、なる。  止めていた手を動かしながら、去る兄弟達に感慨深くなる。  ……これで、開放される!  兄弟の情事により外出を余儀なくされることも、玄関で立ち往生させられることも、風呂が使えなくなることも、ソファに座れなくなることも、貪っていた安眠を不快な目覚ましで叩き起こされるのも、片づけ中にうっかりと大人のオモチャと遭遇することも、弟に間違われて男子生徒に追いかけられることも、兄にピアッシングを施されるのも……。走馬灯のように浮かんでは消える過去の出来事に、よくぞ耐えたと自身に盛大なる拍手を与えたい。  これで頭痛と胃痛から解き放たれると、涙を拭った奈智は続く沙和の嬉々とした言葉にこれ以上ないくらい目を丸くした。 「たのしみだねぇー、三人暮らしー!!」 「…………さん、にん?」  カラカラに乾いたのどで絞りだす声は掠れて上ずっていたが、そんなこと知ったこっちゃない。  さんにんって、誰だ?  指を折って数を確かめる。  多聴兄と沙和と……父親? 母親? いやいや! これから生まれる、赤ん坊? そんなまさか!?  思考回路を遮断して無言で掃除機と共に沙和の部屋を巡る。 「なちって、もう荷造りおわったのー?」  ゴミを吸い込んでくれるハイテク機械によって、空耳である無邪気な弟の言葉も難なく吸い込んでくれる……ハズ。  うん。ルームシェアするのだろう。そうに決まっている。一体どれだけ強靭なる心臓を兼ね備えた人物だろう。もしくは、相当できた人間であるか。  最終的に行き着いた結論に、奈智自身あり得ないだろうと微かに残った正常な部分は分析するが、如何せん拒否している部分があまりにも多すぎて、脳細胞の大多数が悲鳴を上げた。  ココは、突っ込んではいけない。  本能が鳴らす警鐘に従って、口をつぐむ。 「もー、きーてるー?」  コンセントを引き抜かれたら、ひとたまりもない。静かになった掃除機を仕方なく置いて、積み上げられた本に取り掛かる。 「お部屋、いっぱいあるんだよー。オレも多聴兄ぃも、なちも一人一部屋使ってもあまるんだよー!」  うれしそうに語る、破壊力すさまじい今後待ち構えているかもしれない衝撃的未来に、奈智は力なく頭を抱えて呻いた。  まるで鈍器で頭をカチ割られた様な。いや、経験はないが。 「……ナニ、ソレ」  サンニンメは──俺。  イヤな予感は外れていなかった。どころか、見事正解を打ち抜いていて世界旅行でも当たりそうな勢いだ。うん、そのまま旅に出よう。  そういえば頭から弾き出していたが。新築、一等地、超豪華マンション分譲とデカデカと謳われていた書類にはファミリーサイズと記されてあった気がしないでもなかった。 「っうわっ!」  思考を彼方に飛ばした奈智は、しゃがみ込んでいた背後からコナキジジイに乗り上げられて悲鳴を上げた。 「なぁーちぃー?」  肩に乗っけられる、自分とそれほど変わらない顔が満面の笑み。それを半眼で眺める。  確か、コトの起こりは母親の早めの産休からだ。日常的に家に居る事になるため、いつぞや愛の巣が無くなるとほざいたのはドコのどいつだ。  俺は部外者。 「たのしみじゃないのー?」  いやいやいや!!  どこぞへ小旅行へ行くかのような、テンションに盛大なる異を唱える。 「何で、俺も頭数に入ってるの? どう考えても、おかしいでしょっ!?」  もはや悲鳴に近い声を上げた奈智をポカンと眺めた沙和は、次の瞬間明るい笑顔で手を叩いた。 「だいじょーぶ! 荷造り、手伝ってあげるからー!!」

ともだちにシェアしよう!