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お正月

 正月そうそう、足立奈智はため息をついた。  誰かがため息をつくとしあわせが逃げると言ったが、そんなこっちゃ知ったことではない。 こんな日こそ、家族で初詣とか新年のあいさつとかするものではないのか。奈智は子供を置いて、夫婦水入らずで初詣に繰り出した両親を恨んだ。別に親が恋しいわけではない。お年玉が欲しいわけではない。  ……くれる分は遠慮なく貰うが。  ギシギシと鳴り響くリビングにあるソファの音を聞きながら、しばらくは使いたくないなと感じた。年が変わった途端、元気なものである。弟の甘い嬌声は耳に入らなかった振りをして、奈智は荷物を纏めた。  新年早々、まぐわっている長兄と双子の弟を置いて向かう先は。  ──……ない。  昨年はどうしていたのかすら、思い出せない。  そんな奈智の正月はいつもこんなモノ。  寒さに打たれ、マフラーを巻きなおす。握り締めたカイロが現在の自分の友。心と身体に孤独の風を受け、奈智の小柄な肩はちいさく震えた。  ──そういえば俺、お雑煮もおせち料理も食べてない。  前日にせっせと作ったのに。味見しかして無い。  気付いた事柄に更に傷を負い、奈智は涙した。ああ、頬を伝う雫も肌を刺す寒風に攫われていく。  自分が一体、何をした。  湧き上がるは、疑問。怒る気力は既に失せ、痛む頭と胃を抱えて彷徨う。  しばらく前に兄に勝手に開けられた右の耳朶は、当初とは違う色の石が埋まっている。触れる耳朶の石は外気に曝されて、氷のよう。  渡されたピアスに、こんな高価な物はもらえないと辞退したが、買ってしまったからと言われ付けられてしまった。これで返品不可だと相手のしたり顔に結局奈智は折れた。 「……どうしよう」  奈智は呆然と立ち尽くした。  叔父である時緒(ときお)は本日仕事だとぼやいていた。  幼馴染のかっちゃんの所に行こうか? しかし、だいぶ自宅から離れてしまっている。  一人で初詣に行く? ……寂しい。  いや、元旦に一人で寒空の中凍えているのだ。それ以前の問題である。  奈智は頭を抱えた。  ──もう、嫌だ……。 「正月早々忙しい顔だな、奈智」 「──え?」  覚えのある声に視線を上げれば、知った顔。 「あ、明けましておめでとうございます」 「ああ。家出か?」  弧を描きながら昇る紫煙を片手に、不敵に口角を上げるのは友人の母親だった。 「違います」  やや脱力しながら答えれば、今度は笑いを含んだ声音。 「パトロンの親父どもから金巻き上げるなら、程ほどにしろよ」 「それも違う!」  ナゼにそうなる。パトロンって。しかも男。  クツクツと一通り笑った彼女は、髪を掻き揚げその美貌を惜しげもなく曝した後、目を細めて提案した。 「ウチに来るか? 奈智」 奈智はその日、暖かな友人・折原宅で寒さを凌ぐことができた。

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