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セカンド

 包丁で切り分けて、ナベに放り込んで、煮て、味を調(ととの)えて、奈智は呟いた。 「……あまる」  確実に、半分は。  今までは丸々一個使うことができたのに、二人減ってしまった人数ですべての消費は難しい。ラップに包んで冷蔵庫で保管することも可能ではあるが、如何せん鮮度が落ちるので味も落ちる。  シンクの上で鎮座する冬瓜(とうがん)を眺めてから壁掛け時計に視線を上げる。早くから夕食の仕込みをしていたので時間はまだある。 「俺、ちょっと多聴兄と沙和の所行ってくるね」 「夕飯は食べてくるの?」 「うーん、多分。ウチのはナベに入ってるから、温めて食べてよ」  居間で授乳中の母に声を掛け、袋に入れた食材を抱えて奈智は足立家を後にした。 「……やっぱり。」  予想はしていた。したくなかったが。  裏切らない眼前の光景に、奈智は眩暈を覚えて新居の柱に縋った。  自宅を出る時には思いつかなかったが、たぶん無いだろうと括って途中で購入してしまった雑巾の存在がやけに頼もしく感じる。確か、掃除機は買わせてあったはず。ドコに押し込まれているかは家主に確認せねばならないが。  リビングは、ある程度片付いていた。双子の弟だけではなく兄も使うところだからだ。台所はピッカピカで入居した時と同じ新品同様。器具はシンクを飾り立てるインテリアと化している。それはそうだ、彼らは料理をしない。いや、できないと言ったほうが正しい。奈智としてはアレは断固として料理とは認めたくない、認めない。  あなどっていた。  引越しの時はある程度実家に荷物は置いていったし、本当に要らないものは捨てさせたハズ。そのため、足立家の弟の部屋よりは幾分かは、マシなはずなのだが・・・・・・おかしい。  扉を開けて再びお目見えしている、所変わっても何も変わっていない腐界がコンニチハ。襲い来る頭痛に耐えつつ握った、この地域指定のゴミ袋が悲痛な声を上げる。 「……俺は、食材を持ってきただけなのに」  ぼやきには誰からも反応無く、涙を拭った奈智は溜め息をついて手近な雑誌を拾い上げた。ナゼにホコリがこんなに被っているのだろう。  これでは、実家に居た時と彼らも自分も変わりはしない。  兄は自分の所は手入れするが、弟の部分は放置。ただ、沙和が彼の部屋に入り浸っても何もいわない。腐界の処理をするのは、自分。もうちょっと成長してもらいたいものである。  暗くなった窓の外を確認して脱力した奈智は、腐界から脱した沙和の部屋とは別の扉を開いた。彼らの愛の巣に着いたのは、もっと日が出ていた時間帯だったはずだったのに。  潜った扉の先は、来客用というか一応奈智の部屋として宛がわれている一室。クローゼットと簡素な机とベッド。一度も泊まったことはないためコチラも新品同様。毎夜毎夜、絡み合う恋人たちの壁一枚隔てた所で安眠を貪るほど、自分は頑丈にできてはいない……ハズ。まぁ、以前は二人の部屋に挟まれていたのだが。もともと使用理由も無いので、はじめから兄に進言していたのだが何て無駄なことをするのだろう。家具もタダではないのに。 「……あ、キレイ」  籠もった空気を逃がそうと、窓を開けて億ションの最上階から一望する景色に声を漏らす。この光景の中に、自宅も堀ちゃん先輩の部屋もあるのだと思うと不思議だ。窓から身を乗り出して極寒の中、白い息を吐き出しつつ奈智はその様を眺めていた。 「新築一等地で投身するな。下が汚れる」 「っう、わっ!」  まさか居るとは思わず、危うく手を滑らせれば子猫かなにかのように首根っこを摑まれ阻止される。 「……ぁ、ありが、とう……多聴兄」 「フン」  紫煙を立ち上らせてさも興味無さそうに、ポイっと室内に放られる。  中々に人権とやらを無視した行いに、今さら怒る気も湧かない。 「珍しいね、多聴兄がこの時間に居るのって」  いつもは仕事なのかプライベートなのか、沙和が帰宅していない時以外は基本的に実家では帰ってこなかった。まぁソレも、新居と実家では勝手が違うのかもしれないが。 「──ねぇ、多聴兄。何で、今だったの? 引越し」  長兄と双子の弟が付き合いだしたのはもっと前。沙和が高校に上がる時でも、大学に上がる時でなく、こんなに中途半端な時期に。  新居の書類を兄の部屋で偶然発見したのだって、実は偶然ではないだろう。この男がそうそう感づかれるようなヘマはしない──奈智の認識の中では、であるが。わざと示唆するように放っておいてはいなかっただろうが、隠すほどではないということだったのだろう。 「お前には関係ない」 「あ、そう」  端的に言い放たれて、肩透かし半分やはりという思い半分。壁に背を預けて溜め息をつく。 「──多聴兄。」  無感情な目を向けられる。それでも、一応でも反応して見返してくれる。 「沙和、泣かさないでね」 「お前に関係ない」  大切な家族だし双子の弟だし関係なくはないだろうが、兄に掛かれば自分も沙和以外のその他大勢に分類されるだろう。そんな彼だが、彼だからこそ、あの子を大切にしてくれるだろう。 「そう、だね。……なに?」  逆光の相手の表情は解らない。  頬に触れる指先は温かい。辿り着いた右の耳朶をくすぐられる。 「──あぁ。」  珍しく遅れての返事。そして、会話はかみ合っていない。 「冬瓜の煮物なら、もう出来てるよ」 「やったぁー!」  いつもより大人しい兄の向こうに見えた、腹を空かせた弟に声を掛けてやれば諸手を挙げての歓声が部屋に響く。 「多聴兄、調子悪いならお粥作る?」 「腹の足しにもならん」  見上げた先は、普段どおりの彼だった。

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