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A市女子中学生いじめ自殺事件 校正紙

青葉に声をかけた翌日の朝、デスクについた敏雄は、さっそく原稿に取りかかることにした。 ──青葉と横居のことはまだ気にかかるが、今はこっちを優先しないとなあ… 敏雄は数ヶ月ほど前から取材し続けている「A市女子中学生いじめ自殺事件」についての校正紙(ゲラ)を、確認がてらにもう一度読んだ。 『事の起こりは、20XX年4月のこと。 のちに死亡した被害者少女は入学して間もなく、同じクラスの女子生徒をリーダーとするグループ10人(他校生、小学生含む)にいじめられるようになった。 そのうちの1人の男子生徒にわいせつ画像を送るように強要され、それを拒否したところ、「(送らなかったら)ゴム無しでやるからな」という脅迫を受けた。 それに恐怖を感じた被害者少女は、泣く泣く画像を送った。 その結果、そのわいせつ画像がグループ内や他校生の間で拡散され、今度はグループのメンバーの目前で自慰行為を強要される、集団で殴る蹴るされるなど、いじめの内容がエスカレートしていった。 それからさらに数日後、被害者少女は加害者グループに呼び出され、「川に飛び込めば画像を消す」と言われたため、地元を流れる大きな川に飛び込んだ。 このときは夜間で気温も低く、被害者少女は低体温に陥って意識不明の重体となり、そこから警察が出動する事態に発展。 このとき、いじめグループは警察に何があったのか説明を求められた際に、「自殺の原因は母親からの虐待である」と虚偽の証言を行った。 警察は当初、この証言を信用したために、被害者少女を病院に搬送する際に母親の付き添いを拒否した。 しかし、警察は「彼女は友達だ」と説明していたにもかかわらず、心配するメッセージや電話の1本もなく、誰ひとり見舞いにも来ないことを不審に思った。 そこから警察は、被害者少女のスマートフォンからメッセージアプリに残されていたわいせつ画像や、被害者少女といじめグループのやりとりを確認。 このことから、A市警察署少年課が捜査を開始。 ここでようやく、母親からの虐待が虚偽であったことが判明したため、搬送された被害者少女との面会が許された。 このとき、いじめグループはメッセージアプリやフォルダ内の画像を全て消去、または初期化するなどして証拠隠滅を図ったが、警察はこれを復元。 これらを証拠として、児童ポルノ禁止法違反、強要罪の疑いで調べたものの、全員が証拠不十分で厳重注意処分、そのうち1名の男子生徒だけが触法少年扱いとなるだけに留まった。 被害者少女はこの一件からPTSDを発症。 死亡直前まで、入院や通院を繰り返しながら自宅で隠遁生活を送っていた。 前述の事態から約1ヶ月後の20XX年1月の夜、被害者少女は地元の公園で凍死した状態で発見された。 検死の結果、死因は低体温症。 失踪当日に自ら川に飛び込み、死亡した可能性が高いとされている。 後日、被害者少女の葬儀が行われたが、その際に学校関係者は誰ひとり参列することはなく、お悔やみの言葉もなかった』 今回のこの報道は、この被害者少女の母親からのリークを発端としている。 この被害者少女が死亡してからすでに1年以上経過しているものの、この一件がオンラインで報道されるや否や、あっという間に世間に注目されるようになり、さらに取材を進める運びとなった。 編集部からゴーサインを受けた敏雄は次に、いじめグループのリーダーとされている加害者少女に取材した。 敏雄はパソコンを開いて、新規データを起動させた。 キーボードをカタカタ鳴らして、以前に取材した内容をまとめて書き込んでいく。 『被害者少女の自殺にいたるまでに、さまざまな問題点が明らかになっている。 被害者少女の保護者は少なくとも4回、担任教師に相談していた。 しかし、担任の女性教師は 「あの子たち(いじめグループの生徒たち)はおバカだから、いじめなんてないですよ」 「今日は彼氏とデートなんで、明日にしてもらっていいですか?」 などと言ってまともに取り合わなかったという。 被害者少女が川に飛び込んで重体となり、警察が駆けつける事態が起きたときでさえも、事件の説明や保護者会などは一切なく、被害者少女の保護者やA市の教育委員会に対して「いじめの事実はなかった。男子生徒たちのいたずらが過ぎただけ」とだけ説明した。 これについてもA市教育委員会が対応を再三求めたにも関わらず、校長が中心となって事件性を否定し、問題への対応を先送りにし続け、結果として被害者少女は死に至った。 また、被害者少女の母親からの懇願を受けて、学校側はようやくいじめグループのメンバーを全員呼び出し、謝罪の場を設けたことはあった。 しかし、被害者側の弁護士の同席も録音も禁止され、教師は誰ひとり同席しなかった。 また、加害者の生徒たちは「すみません」と口先では謝罪したものの、だらけた姿勢で足を崩して座ったり、「証拠はあるのか?」と詰め寄ってきたりするなど、どう見ても反省したようには見えず、被害者少女は「先生たちはあの子たちの味方なの?」と泣いていたと母親は証言している』 ──改めて思うが、つくづく嫌になるぜ… 敏雄は今度は、担任教師へ取材したときの原稿を書き始めた。 キーボードを打つ音が、また無機質にカタカタと鳴り始める。 『──A子さんのお母様からイジメの相談があったとき、なぜ断ったのでしょうか? 「学校でのことは個人情報ですからお話することはできません」 ──なぜ、謝罪の場に先生は立ち会わなかったのでしょうか? 「学校でのことは個人情報ですからお話することができません」 ──A子さんにお悔やみの言葉はございますか? 「すみませんが、私からはお話することができません」  どんな質問をしても、担任教師はどこか他人事のような同じ台詞で返すだけであった。 何が面白いのか不明だが、担任教師は時折、苦笑いまで浮かべていた』 敏雄は質問を繰り返していくうち、ヒステリックに喚き出した担任教師の言葉を思い出した。 『だって仕方ないじゃないですか!やめなさいって言ってやめるような子なら何回でも言いますよ!!でも、あの子たちはそんなじゃないんです!何ですか?手を上げて止めればよかったんですか?』 『不良生徒たちから恨みを買って、刺されでもしたらどうするんですか?あの子たちは人間じゃない。悪魔みたいな顔で笑うんですよ!』 『下手に首を突っ込んで、大事になったら最悪の場合は懲戒。辞職に追い込まれることすらあるんです!教師だって人間です!自分の生活第一で何が悪いんですか⁉︎』 そうして散々喚き散らした担任教師に敏雄は、「ほかに何か言いたいことはありますか?」と聞いてみた。 取材の途中で相手がカーっとなって怒り出すなんて、大して珍しいことではない。 こんなときでも平静を保つことに、敏雄は慣れていた。 その態度が気に食わないらしい担任教師は、加害者少女B子と同様、敏雄をしばらく睨みつけた後、「ありません、もう失礼しますね」とぶっきらぼうに言い捨てて去っていった。 ──「自分の生活第一」で結果的に自分の生活脅かされてちゃあ、世話ねえよなあ 敏雄は、この担任教師がインターネット上で顔や名前、住所を晒されて、毎日毎日何百件何千件という苦情や批判、誹謗中傷を浴びていることを知っていた。 そして、今から3日後に、この中学校で緊急保護者会が開かれることを聞き、敏雄は編集長命令を受けて、取材に向かうことになった。 保護者会当日、学校側はこの事件について、集まった保護者たちに何と説明するのだろうか。 今までが今までだから、大体の予想はつく。 それでも、少しは筋の通った答えが出ることを願わずにはいられなかった。

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