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保護者会

A市の中学校の保護者会は、すべての学年のすべての授業が終わった19時に開かれた。 この学校ではここ最近、本来行われる予定だった部活動や委員会も、延期または中止になっているという。 保護者会の場所は被害者少女と加害者たちがともに通っていた中学校の体育館で、記者やカメラマンの立ち入りは禁止とされていた。 そのため、敏雄は他の報道関係者とともに寒さに震えながら、学校の外で保護者たちが出てくるのを待っていた。 「先生たちは何もわかってない!女の子がひとり死んでるんですよ⁈死人が出てるほどの問題なんですよ!全員で黙祷のひとつさえもないんですか!!」 保護者たちが体育館に入ってから、しばらく経った頃合いのことだった。 体育館から野太い怒号が聞こえてきて、周囲にいる何人かの記者やカメラマンが、ビクリと体を震わせた。 おそらく、保護者の誰かの怒鳴り声だろう。 体育館はドアも窓もしっかりと閉められていて、館内は完全に密閉されているにもかかわらず、その声は一言一句はっきり聞こえてきた。 外で待つ敏雄たちでさえこうなのだから、館内にいる保護者や教師たちは相当驚いたに違いない。 しかし、その直後には拍手と、それに賛同するような声もかすかに聞こえてきた。 怒号が聞こえてきて10分ほど経った後に、何人かの保護者が出て行くのが見えた。 保護者会はまだ終わっていないはずなのに、どうしたことだろうか、と敏雄は疑問に思った。 何があったのか理由を聞こうと、周囲の記者やカメラマンが近づいていく。 敏雄も話を聞かせてもらおうかと考えたが、どの保護者もほかの記者やカメラマンを無視して去っていくため、諦めた。 ほかの記者に何も話さない人は、だいたい誰にも話をしてはくれないことぐらい、経験からわかっているのだ。 案の定、ほかの記者やカメラマンが呼び止めるのも構わず、保護者は黙って俯いたまま、校門をくぐり抜けて帰っていった。 それからさらに1時間くらい経つと、保護者会に参加していた保護者たちが続々と出てきて、記者やカメラマンが、彼らにこぞって寄っていく。 敏雄もそれに続いた。 「失礼します、週刊文士の記者です。少しだけ、お話よろしいでしょうか?」 敏雄は、そばを歩いていた保護者の女性に声をかけた。 「ええ…構いません」 女性は一応了承してはくれたものの、その声に怒気が入り混じっていることに、敏雄は気づいていた。 「保護者会はいかがでした?」 「全然ダメでした。何の意味もありませんよ、こんなの。保護者が知りたいことと、先生たちの言ってることが何もかもズレてるんです。何を聞いてみても、まるで答えになってないし。堂々巡りっていうんですかね……」 怒りからか、悲しみからか、あるいはその両方からか、保護者の女性の目には涙が滲んでいる。 そういえば、さっき出てきた何人かの保護者もこんな顔をしていた。 「そうですか」 「すみません、もう失礼しますね」 女性はコートの裾で目を擦ると、こちらに有無を言わせることもなく、足早に立ち去った。 その後も、敏雄は保護者の何人かに聞き取りをしてみたが、大体は無視されてしまうか、学校側の不誠実で煮え切らない態度に対する怒りの声が返ってくるばかりだった。 会社近くの居酒屋のカウンター席。 横居と敏雄はいつものように並んで座って、愚痴をこぼし合っていた。 「なーんか、いじめで自殺者が出てメディアに取り上げられて、大騒ぎになる学校側の言い分って、毎度毎度パターン同じですよねえ。「いじめと自殺の関連性はありません」「加害者にだって人権がある」って、どの学校も答えが似たりよったりなんですよ」 敏雄から話を聞いた横居が、フライドポテトをかじった。 「いじめにまともに対処しない学校なんて、どこも考え方が同じなんだろ。だからどいつもこいつも同じようなことしか言えないんだ!」 敏雄はカツオのたたきを箸でつまんで口に入れた。 しかし、あんまり美味しいとは思えない。 いつものことだ。 怒りで味もわからなくなるなんてこと、今に始まったことではない。 「ひどいのになってくると、死んだ被害者や被害者の遺族のことをボロクソに言いますよね。 「いじめられる側にも問題ある」「家庭に問題がある」って。いじめが起きて、ニュースになったときのためのマニュアルがあるんですかね?そのマニュアルにそう書いてあんのかな?」 横居が皮肉めいた物言いをする。 「マニュアル通りに対応する頭もないから、そんなどっかで聞いたことある言葉しか出てこないんだよ。「とりあえずコレ言っとけばどうにかなるだろ」って事態を軽く見てんのさ!」 敏雄は、背の高いグラスになみなみ注がれたウーロンハイをグーッと飲み干した。 気分の悪くなるような事件を取材した後は、どうしても愚痴が多くなるし、アルコールの摂取量も増える。 敏雄は記者会見での校長、教頭、その他学校関係者の、見苦しいことこの上ない対応を思い出して、忌々しい気持ちになった。 保護者たちの話を聞くに、そのときと変わらない対処だったのは明確だし、聞き取りをした保護者から怒りの声が返ってくるのもごく当然のことであろう。 「加害者グループの主犯の大バカ娘、伊達さんが取材しましたよね?どんなカンジでした?」 「だいたい予想通りの解答だったよ。「アレは私じゃない、他のヤツが私ひとりを悪者にしてる!」だとよ。見事なまでの被害者ヅラだぜ」 敏雄はウーロンハイが入っていたグラスの底から、すっかり溶けて小さくなった氷をつまんで、口に放り込んだ。 「そいつ、スマートフォンに死んだ被害者の女の子のエロ画像入れてて、警察もそれは把握済みなんでしょう?おまけに、他のメンバーに「お前がアイツを呼び出せ」って命令したメッセージも残ってるらしいし、他のヤツも満場一致で「アイツが主犯です」って言ってるらしいじゃないですか。それだけ証言と証拠バリバリ残ってるのに「あれは私じゃない」とか言うの、めちゃくちゃムリありますよねえ。3歳児が口の周りにべったりアンコつけて、「アタチ、何も食べてまちぇん、おまんじゅうなんて知りまちぇん」って言ってるようなもんじゃないすか」 横居は幼児語を混じえて、ヘタな芝居を始めた。 「結局はバカなガキどもの浅知恵だからなあ、悪あがきが見苦しいったらねえよ! 教師連中もガキどもも、今ごろは責任のなすりつけ合いや周りの人の口止めに必死だろうなあ。ご苦労なこった!!」 氷をガリガリかじりながら、敏雄はひたすらに悪態をついた。 いじめ事件について取材したのは、これが初めてではない。 しかし、何度やっても気分が悪くなるし、未だに慣れない。 きっと、慣れる日などやってこないのだろう。

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