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レコーダーの内容

『本日はお忙しい中、また急なご案内にもかかわらず、夜分にお集まりいただきまして、ありがとうございます』 レコーダーを再生すると、まず始めに司会役の男性教師の声が流れてきた。 『それでは、初めに校長からご説明をさせていただきます』 次に、校長の挨拶が流れてくる。 『最初に、本校に在籍していた生徒が亡くなったこと、心から残念であり言葉になりません。ご冥福をお祈りします。また、ご遺族の方にはお悔やみを申し上げます。そして、本校の生徒、保護者の皆様にご心配、ご不安な想いをさせておりますことをお詫び申し上げます』 『えー、お一人ずつお答えしますので、ご質問のある方は挙手お願いします』 司会役の男性教師が、保護者に促してくる。 カンペか何か読みながら話しているらしく、紙をパラパラとめくるような音がかすかに聞こえた。 『…あ、よろしいでしょうか?あの、担任の先生は変わらないんですか?いじめにまともに対処しなかった先生に、子どもは何を相談するんです?担任の先生を替えてください。この担任の先生が、亡くなった子の親御さんからいじめの相談を受けたときに、「今日は彼氏とデートだから明日にしてもらえませんか」って言ったってことが報道で出ていますよね。それは事実なんでしょうか?事実だとしたら、どうしてそのときにまともに対処しなかったんですか?そういうことが本当にあったのかどうか、全部はっきりさせてくれませんか?』 女性の声だ。 学校に対する怒りからか、被害者少女の死に対する同情からか、もしくはその両方からか、声が震えている。 『……今いただきました質問につきましては、ここで即答できるものではありません。申し訳ございません。検討します』 少しの沈黙の後、校長の答えが返ってきた。 『他にございますか?』 司会役の男性教師が保護者に促すと、間髪入れずに手が上がったらしく、すぐに「どうぞ」と言う声が聞こえてきた。 『先ほどの方と同じような質問になるんですけど……報道されていることはすべて事実なんでしょうか?過剰なんでしょうか?先生がた、わたしは自分の子どもたちに、「おかあさん、わたし、どうしたらいい?」と泣いて聞かれて、返答に困りました。どうしてこんな事態に発展するまで問題を放置し続けたんですか?報道されなかったら、誰も何もしなかったんですか⁈』 敏雄は、この声を知っている。 保護者会が行われた帰りに、話を聞いた保護者の女性の声だ。 『えー…今回の報道に関わる部分ですけれども、当時の学校の対応に関わる部分の中で食い違っている部分もございます。それらも含めてですね、この後の第三者委員会による調査の中でしっかり検証されていくと思っております』 またしても、まともな答えになっていない返事だった。 続いて、別の保護者からの質問に入る。 『亡くなった子の担任の先生は、今日この場にいらしてないのでしょうか?』 『来ておりません』 『なんでですか⁈』 保護者の声が、さっきより大きくなる。 『お気持ちはよくわかるんですけども…殺害予告が来たので安全を考えてのことと、「こんな教師を公務にあたらせるべきではない」という声も受けましたので、現在は謹慎させています』 この校長のたどたどしい返答を、敏雄は疑った。 敏雄は何度も取材しているが、「こんな教師を公務にあたらせるべきではない」という声がどこからどう来たのか把握していない。 これはあくまで敏雄個人の見解だが、学校側があらかじめ逃げ口上として用意した虚偽であるという可能性も考えられた。 ──このへん、もう少し掘り下げていかないとな…   質疑応答はまだ続く。 司会役の男性教師の「次の方、どうぞ」という声が聞こえた。 『先生たちは何もわかってない!女の子がひとり死んでるんですよ⁈死人が出てるほどの問題なんですよ⁈なぜ全員で黙祷のひとつさえもないんですか!!』 神木の声が流れてきた。 神木は学校側のあまりに不誠実な対応にいら立ち、我慢ならなくて声をあげたのだろう。 彼のけたたましい怒鳴り声が響いた後、ほかの保護者がざわつく声と、彼の言葉に賛同を示すかのような拍手の音が聞こえてきた。 『あ…も、申し訳ありませんでした。えー、黙祷!』 神木に怒鳴られて、あわてたような校長の声が続いたかと思うと、1分間の沈黙。 そして、神木の詰問が始まった。 『この保護者会が開かれるにあたって、「報道に関しての説明をします」って最初に聞いたんですよ。 言っていたはずですよね? この学校に通ってる子どもたちはもちろん、ここにいる大半の人は、SNSも報道内容もすべて見ているはずです。 それについての説明をしてくれるのかと思えば、何なんですかこれは⁈何の説明もない! 先生がた、僕は週刊文士の報道を見て、あんなおぞましいものを見て、涙が出ましたよ! この学校に子どもを通わす親として、大丈夫なのかって、どうなのかって、不安に思います! その上で、第三者委員会なんてもんを組んで、「アレはいじめじゃない」と判断して、さらにこんな中途半端な説明会を開いて、こんなんではちっとも納得できません! 何か聞いたら二言目には「第三者委員会により調査中」とか「検討します」とか「答えられません」って…やるんであればね、もう一度記者会見を開いて、「いじめはありませんでした」ってしっかり胸張って言ってくださいよ! 週刊文士に書いてあったことが事実か事実じゃないかくらい、はっきり言えると思いませんか? 週刊文士の記者さんが、事の経緯や内情をあれだけ事細かに書いているんだから! 記事を読みましたよ! 向こうの親御さんに言われて、渋々ながら謝罪の場を設けたはいいけれど、向こう側の弁護士さんは参加できなかったって言うし、その際に先生たちは誰ひとりいなかったし、録音さえも許されなかったそうじゃないですか!! それに対して、発言すらできないなんて、これは立派な隠蔽じゃないんですか?学校側が隠蔽しようとしたってことなんじゃないですか⁉︎ つい長々と、余計なことは言いたくないですがね…ついね、僕も言ってしまいました。どうなんですか?ここにきてもまだ結論も出せないんですか?』 息も絶え絶えに、神木は立て続けに訴えた。 『これだけの発言をするってことはね、僕だって覚悟を持って言っていますよ!「あの人はどこの誰だ?誰のお父さんだ?何を言ってるんだ?」と言われることだって覚悟の上で申し上げています!!』 ──なんともまあ、たくましい… こんなに頼もしい男がそばにいる妻と子どもはどんなに心強いだろうかと、敏雄は顔も知らない神木の妻子のことを考えた。 『あー、それは…この場でお答えできないことは本当に心苦しいんですが、その、同じような回答になってしまうんですが、私からでもお話しできないような状況となっておりますので、本当に申し訳ございません』 予想通りではあったが、校長の答えは相変わらず煮え切らないままだった。 その後も、「現在、加害者側の生徒の処分はどうしているのか」「自分の子が同じ中学校の制服を着ているだけで知らない人に肩をぶつけられた。安全のために私服での登校は可能か」など保護者からの質問は続く。 これは神木に後から聞いた話だが、何度も同じことを言うだけの学校側に業を煮やしたのか、何人かの保護者はこの時点で「もはやここにいても意味が無い」と判断して、帰っていってしまったそうだ。 敏雄が取材に行った際、保護者会がまだ終わっていないのに、帰っていく保護者が何人もいたのはこういうことだったのだ。

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