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2度目の告白
居酒屋のカウンター席。
今日の仕事を終えた青葉と敏雄は、並んで座って愚痴り合っていた。
「今日も奢ってやる。だからさ、愚痴に付き合ってくれねえか。これはお前にも言えることだけど、これから忙しくて大変な目に遭うのかと思うと、憂鬱で仕方ねえんだ」
敏雄は右手で左肩を、左手で右肩を交互に揉んだ。
数年前から肩こりに悩まされていたのだけど、今日は特に酷い。
今日は2人で原稿を書き進めたり、敏雄が集めた資料を整理するため、ずっと社内にこもりきりで、ほとんど動くことなく座りっぱなしだったからだ。
もうすぐ、まだ新米の青葉を連れての取材が始まる。
それに向けて、マンツーマンでの指導もあったから、今日の仕事は結構に長引いた。
「ええ、構いませんよ。今日はご指導ありがとうございます」
青葉が軽く礼をする。
「礼を言うのはこっちだ。そろそろ人手が欲しかったからよお…」
言って敏雄は、お冷やを一口飲んだ。
「そうですか。伊達さん、今日は何にします?」
青葉が、そばのスタンドに立てられていたメニュー表を引っ張り出した。
「今日は酒やめとくわ。お前も今日はひかえておけよ。明日から、いろんなところを駆けずり回ることになるんだから」
「わかりました」
青葉がメニュー表をテーブルに置く。
「で、何にする?」
テーブルに置かれたメニュー表に、敏雄は目をやった。
「うーん、まずは若鶏の唐揚げと…コロッケと、フライドポテトも食べたいです」
「お前、揚げ物好きだなあ」
敏雄はクスクス笑った。
「へへっ、25にもなって子ども舌なもんで!」
青葉がいたずらっぽく笑って返す。
それを見た敏雄は、青葉もこんな顔をすることがあるのかと感慨深い気持ちになった。
ちょっと前までは、いつも思い詰めたような顔をしていたから、元々は暗い性分なのだと思っていた。
今にして思えば、あれは仕事が上手くいかない上に、ほかの記者やカメラマンからたびたび当たられていたから、落ち込んでいただけだったのかもしれない。
こんなことなら、もっと早くに目をかけてやるべきだったと敏雄は密かに自省した。
「あと、飲み放題も頼んでいいですか?コーラとかジュースとか飲みたいので」
「おう、いいぞいいぞ。さっきも言ったが、酒は飲むなよ。もう酔ったお前を担いで家に帰るのはごめんだぜ」
「もう、わかってますって!」
青葉はばつが悪そうに笑った。
「俺はブリ大根に焼きししゃもと、冷奴にするわ」
食べたいものが決まると、敏雄は近くを歩いていた店員を呼びつけて注文した。
「あー、まじで腰痛いわ。明日から連日クソみたいな連中の顔を見なくちゃならねえのかと思うと、頭も痛くなるよ」
注文が終わると、敏雄は腰をさすりながら、深いため息をついた。
「今日は座りっぱなしでしたからね」
青葉も同じようにため息をついて、うーんとのびをした。
「お前は腰痛とか肩こりねえの?」
「特に無いです」
「まだ若いものなー」
敏雄は青葉の顔をじっくり眺めた。
シワもシミもくすみもなく、若さに艶めいている一方、頬や額にわずかにニキビが吹き出している。
これまた、若さゆえであろう。
「いやあ、もうアラサーですって!」
そんな会話を交わしているうちに、注文した品がテーブルに運ばれてきた。
「あの、シラフのうちに言っておきたいことがあるんです」
しばらく雑談していて、食が進んできた頃合いに、青葉が切り出した。
「何だよ」
このタイミングで、いったい何なのだろう。
また横居か、ほかの誰かに何か言われたのだろうか。
敏雄はそれについての愚痴なら、いくらでも聞いてやろうと身構えた。
しかし、返ってきたのは予想外の言葉だった。
「好きです、付き合ってください」
「は?」
驚いた敏雄は素っ頓狂な声を出した。
この期に及んで、いったい何の悪ふざけであろうかと訝しんだ。
「伊達さんのことが好きなんです。付き合って欲しいんです、恋人として」
青葉は敏雄をまっすぐ見つめたまま、はっきりと言った。
長年、いろんな人と接してきた敏雄だから、相手の言っていることやその意図は、目を見ればわかる。
これは悪ふざけなんかではない、青葉は本気なのだ。
「…なんでまた、こんな俺みたいなオッサンなんだ?」
答えを半分わかっていながら、敏雄はあえて確認してみた。
「伊達さんは人望あるし、編集長とか、上の立場の人たちからも信頼されてるし、仕事に真剣なところとか、人間としてもすっごく尊敬できるなって思うんです。それに、この仕事してから真っ当に接してくれたの、伊達さんだけなんです」
──ああ、やっぱり
敏雄からしてみれば、社内でトラブルを起こされてはかなわないと思って声をかけただけなのだけど。
それは孤立して気持ちが沈んでいた青葉からしてみれば、命を救われたような気持ちになったのかもしれない。
そして、そこから変な気を起こしたとしても、何の不思議もない。
──ここは、了承してやった方がいいか
青葉は自分の感情に正直なところがある。
もしここで青葉をふってしまえば、そのショックで落ち込んで塞ぎ込み、業務に影響を及ぼすかもしれない。
そう考えると、青葉の思いに応えるべきであろう。
敏雄はそう考えた。
──なあに、社内には若くて可愛い女子も山ほどいるから、そのうちそっちに気が移るさ
「ああ、いいぞ。付き合おう」
青葉が自分と付き合いたいなとど言い出したのは、興味本位とか、若い頃によくある歳上の人間への強い憧れであろうとタカをくくった敏雄は、あっさり了承した。
「本当ですか⁈」
神妙だった青葉の面持ちが、緊張の糸がほぐれたみたいにゆっくり綻んだ。
「伊達さん、ぼくみたいな若造なんか相手にしないかもしれないと思ってたので、嬉しいです」
青葉が赤面して微笑む。
「俺だって、この歳になって若いヤツに相手にされるとは思ってなかったよ。まして、告白されるなんて考えだってこともなかったし」
そう言うと敏雄は、焼きししゃもを尻尾から一口かじった。
ほどよい苦味と塩味が、口に広がる。
現場に行かない日が続いて、いじめ事件の加害者やその保護者、学校側の人間に直接会う機会が減ったからだろうか、いつもより食べることが楽しく感じられた。
「伊達さん、すごーくモテそうですけどね…」
照れ臭そうに言うと青葉は、フライドポテトを1本手に取って、ケチャップをつけた。
「はっはっは。ありがとよ、最高の褒め言葉だ!」
「伊達さん、信じてないでしょ?」
茶化して笑う敏雄に、青葉はムッとしたような顔を向けた。
「いやあ、すまんすまん。人様と頻繁に会う仕事してるとな、お世辞もよく言われるんだよ。そのせいで、相手の言ったことが本音なのかお世辞なのか考えるのもバカバカしくてなあ。テキトーに流すクセがついちまったんだ、許せ」
敏雄は幼児を寝かしつける母親のような手つきで、青葉の肩をポンポンと軽く叩いた。
「上司として恋人として、これからよろしくな、青葉」
敏雄は手を差し出して、握手を求めた。
「はい!」
青葉が手を伸ばしてきた。
敏雄はその手を思い切りグッと掴んで引っ張り、青葉の体を引き寄せた。
「ケチャップがほっぺたについてんぞ」
敏雄は青葉の頬に顔を近づけると、そこについたケチャップをぺろりと舐めた。
「もう!伊達さんたら!!」
青葉はサッと後退りして、舐められた頬を押さえた。
「はっはっは!」
こうして楽しく談笑した後、2人は明日の取材のためになるだけ早く食事を済ませて、それぞれの家に帰っていった。
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