14 / 34
関係者に取材
「青葉、今日は他の人に話を聞きにいくぞ」
出勤して早々、敏雄は指示を出した。
「他の人?」
「ああ、あの中学校の校長に直接取材に行きたかったんだけどな。何度こいつの家に取材しに行っても、いつもいないんだよ。たぶん、今は親戚とか知り合いの家に逃げてるんだと思う」
「…信じられない」
青葉が顔をしかめた。
蔑んでいるような、怒っているような、いろんな感情が入り混じった顔だ。
「ああ、だから、取材できた人がいないか、片っ端からいろんなとこに電話して調べたんだ。そしたら、1人ヒットしたんで、今から会いに行くぞ。向こうも了承してくれた。犯罪ジャーナリストの大川 さんって人だ。アポ取れたから、さっさと行くぞ」
「はい!」
大川とは、会社近くの公民館の待合室で会う約束を交わしていた。
「大川さん、お久しぶりです」
「お久しぶりです、伊達さん」
公民館の待合室。
設置された革製の長椅子に、敏雄と青葉は大川と向かい合わせで座って、それぞれに挨拶を交わした。
大川は現在60歳。
結構に年配ながら、それを感じさせないほどに言葉遣いがはっきりしている。
背筋も常にしっかり伸びていて、動作も20代の若者と並ぶほどに早い。
元は警察官をしていた経歴があり、窃盗や誘拐、恐喝や殺人事件なんかも担当していた。
今回のような少年犯罪の捜査にも携わった経験があるため、それゆえに彼の見解はかなり信用できると敏雄は思っている。
「こちら、わたしの取材に同行してくれることになりました、青葉春也っていいます。まだまだ若輩ですが優秀な子ですから、機会がありましたら、どうか使ってやってくださいね」
敏雄が目配せすると、青葉は急いで名刺ホルダーから名刺を取り出した。
「あ、青葉です。はじめまして、よろしくお願いします」
青葉が取り出した名刺を渡すと、大川がそれを受け取る。
「はじめまして、青葉さん。大川です」
今度は大川が懐から名刺を取り出して、青葉に渡した。
「さっそくですが、大川さんが取材したときの校長の態度はどうでしたか?」
青葉が大川から受け取った名刺をしまったのを見はからって、敏雄は持っていたバッグからレコーダーを取り出し、スイッチを入れた。
「校長の家のインターホン鳴らしたらね、返事はしましたよ。けれど、ドアの外に出ることはしませんでした。まあ、予想通りですがね」
諦めと怒りがこもった声で、大川が答える。
「大川さんには、何と返事したんですか?」
「私がジャーナリストだって名乗ったら、面倒くさそうに「取材には応じられません」とだけ。何を聞いてもそれの一点張りでした」
大川が悔しそうに唇を震わせた。
「ということは、ほとんど何も聞けずじまい、ということですか?」
「そうですね、申し訳ないんですが…直接の取材はできたけど、大した情報は得られてはいません」
大川の眉間にグッとシワが寄る。
「いえ、かまいません。わたしなんか避けられているのか、どこに行っても何度来ても直接の取材もできなかったもんですから…」
大川は「申し訳ない」とは言うが、敏雄は本当にそんなことは構わないと思っていた。
校長が行きそうな場所に何度足を運んでも、何の収穫も得られず骨折り損。
それが何度も続いたから、たとえわずかでも情報を得られるのはありがたい。
「ほかに、何かありませんか?」
「あまりに「取材には答えられない」と言い続けるもんですから、「わかりました、じゃあ広田さんに何か伝えたいことはありますか?それだけ聞いたら帰ります」と言いました」
この「広田さん」とは、亡くなった被害者少女の名字だ。
「それに校長は何と答えたんです?」
「校長は何て言ったと思います?」
大川が意味ありげに、質問に質問で返した。
「何と言ったんです?」
敏雄はごくりと生唾を飲んだ。
大川のこの反応を見るに、校長がろくでもないセリフを吐いたのは明確だ。
「あの校長、「広田さんってどなたですか?」と言ったんですよ?信じられませんよ、本当に!記者会見して、保護者会も開いておきながら、亡くなった女の子の名前もろくに把握してなかったんです。ジャーナリストが感情的になるなんて、本来ならあっちゃいけないことですがね、思わず怒鳴ってしまいましたよ。カーッとなってしまってね…「広田さんですよ!あなたの教え子だった女の子です!」って」
「それで、校長は何と?」
敏雄はレコーダーを握る手に、グッと力を入れた。
「さらに聞いて呆れましたよ「ああー、亡くなった子ですね」って。他人事みたいな態度で言うんです。私、また怒鳴ってしまいましたよ「そんな言い方ないでしょう!!」って」
大川の肩はわなわなと震えていた。
この人は情に厚いところがあり、時折カッとなってしまうところがあるから、今回のことで怒り出してしまうのも仕方のないことと言える。
大川に限らず、今回の事件に怒っている人は多い。
「ほかにありますか?校長への取材は、そこで終わりですか?」
「ええ、私が怒鳴ってしまったもんですから、もう萎縮してしまったんですかね。「もう帰ってくださいませんか」と言われましたし、これ以上何を聞いても無駄だと感じて帰りました。わざわざ都内からA市まで行ったんですが、あれほどの無駄足は滅多にありませんよ」
大川はがっくりと肩を落とした。
「個人的にはね、校長よりも教頭の言ったことがどうにも心に残るんですよ、わたしは…」
この言葉を聞くに、大川は教頭にも取材していたらしい。
「何と言ったんです?」
教頭への取材もまともにできなかった敏雄は、これ幸いと大川の話を聞いた。
「あの教頭ね、広田さんのお母さんに向かって「10人の加害者の未来と、1人の被害者の未来、どっちが大切だと思いますか?全員、まだ子どもなんですよ。1人のために10人の未来をつぶしていいんですか。どっちが将来の日本のためになりますか。もう一度、冷静に考えてみて下さい」と言ったんだそうです。これはもう、暗に「黙っていろ」と言ってるのと大差ないですよ!信じられますか⁈」
「信じられない…」
敏雄と大川のやりとりを見ているだけだった青葉が、ぼそりと漏らした。
「ええ、本当に信じられないでしょう、青葉さん」
大川が青葉を見つめて訴える。
「……情報は、それだけでしょうか?」
敏雄は2人の様子を伺いつつ、大川に尋ねた。
「はい、それだけしか得られなかったんですよ。まあ、私情を挟むようですが、もうこれ以上取材したくないという気持ちもありましたから…」
「そうですか、では、話はこれで終わらせますね。お時間いただき、本当にありがとうございます。お仕事お疲れ様でした」
敏雄はレコーダーのスイッチを切って、大川に礼をした。
青葉もあわてて、それに続く。
「お二人も、お疲れ様です」
大川も続いて礼をして、話はそこで終わった。
「大川さんは立派な人だろ?」
道中、敏雄は青葉に問いかけた。
「そうですね。わざわざA市まで行って、校長の家まで…」
「まあ、それもあるな。だが、大川さんのすごいところは、「共感する力」が存分にあるところだ」
「共感する力?」
青葉がキョトンとする。
「あの手の事件をずっと取材してるとな、しんどくなって辞めちまうか、だんだん慣れてきちまうんだ。慣れてくると共感する気持ちも失う。そうなると、被害者や遺族の気持ちに寄り添うこともできなくなって、他人から見たら不謹慎なことも平気で聞いちまうような輩に成り下がるんだ。その点、大川さんはちゃんとしてるよ。他人への敬意を絶対に忘れないんだ」
「そういうことですか…」
敏雄の言葉を聞いて、青葉は感心したと同時に、以前から抱いていた敏雄への敬意がより強くなるのを感じた。
青葉が敏雄を好きになった理由は、この他人の尊敬すべきところをきちんと見据える人間性なのだ。
ともだちにシェアしよう!