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青葉からの誘い

「あー、疲れたー」 「今日の取材だけで腰痛と肩こりがめちゃくちゃ悪化したわマジで」 オフィスに戻った2人は、それぞれに愚痴をこぼした。 今日の仕事はなかなかに骨が折れた。 あの後、2人は大川の他にも何か情報を持っている人がいないか、かたっぱしから取材して回った。 しかし、有益と言える情報はわずかばかりで、大体は同じ話を何度も聞く羽目になっただけだった。 「今日はまっすぐ帰ろうぜ。こんなに疲れて飲みに行くとかムリ」 敏雄はグッとのびをした。 肩も腰も膝も、とにかくあちこち痛くてたまらない。 「そうですね。ぼくも早く家に帰りたいです」 青葉もグッとのびをした後、首を回したり肩を押さえたりした。 その動作はなんとも機敏で、青葉の若さが如実に伝わってくる。 「そういえば、お前家はどこだ?」 敏雄はふと思い出した。 思えば、青葉の入社以来、家の場所など聞いたことがない。 「あそこです」 青葉が窓の外を指差した。 「どこだ?」 「あそこにある青い看板のドラッグストア見えますか?あの隣のアパートです」 敏雄が窓の外を見て確認すると、青葉が言った場所は驚くほど近くにあった。 「お前、あんな近くに住んでたんだな」 「ぶっちゃけて言うと、家が近いだけでここに就くの決めました。前の仕事が無くなって、次の仕事早く見つけないと家賃払えないから、こういう仕事がしたいなーとか選んでるヒマもなかったし」 青葉はお茶目ないたずらっ子のように舌をぺろっと出した。 最近、青葉はこんなふうにおどけてみせたり、大川の話を聞いたときのように怒ったり、感情を露わにすることが多くなった。 「ま、俺も若いときは似たようなもんだ。仕事に真面目に取り組む気なんてなくて、入れるところに入ったってカンジだな」 「今は違うんですよね?」 さっきまでふざけていた青葉の目が、急に真剣になる。 「まあな」 その真剣さにドキリとさせられながら、敏雄は軽く答えた。 「それにしても、家から近いってのはいいかもなあ。俺なんか、車使わないと行けない距離にあるからよお…食料切らしてるから、今日は買い物も行かなきゃなんなくて、しんどいわマジで」 敏雄は大きく口を開けて、あくびをした。 これからライトバンを運転して帰って、買い物に行き、食事して風呂に入る。 それを考えるだけで、面倒だ。 こんなことは、今日が初めてではない。 この仕事をしているがゆえの宿命であろう。 関係者から話を聞くだけで疲れてしまうことも多く、そうなってくると車を運転して帰るのも億劫になる。 結果、社内の仮眠室で寝て、そのまま朝まで過ごしてしまうことも、この仕事にはよくあることだった。 「あの…じゃあ、うちに来ますか?」 「え?」 驚きのあまり、敏雄は間抜けな声を出した。 前にもこんなことがあった気がする。 ここ最近、青葉には驚かされてばかりだ。 「いや、そんなに疲れてる状態で車を運転して、事故でも起こしたら大変ですよ?ぼくの家なら歩いていけるし、伊達さんひとりぐらいならギリ泊められますよ」 「うーん…」 どうしたものかと思った。 青葉の言っていることは一理あるし、今からライトバンに乗り込んで、家に帰るのは億劫だ。 ──若いヤツに迷惑かけるのはなあ… それでも、ベテラン記者が若手記者の家に転がり込むのはいかがなものかと敏雄は思う。 「そ…その、何もしませんから…」 青葉が赤面した。 「え、「何も」って…」 そこで敏雄は、あることに気づいた。 ──そういえば、俺たち、付き合ってたんだ 青葉から告白されたのはつい昨日のことだし、特に恋人らしいやり取りなど何もしていなかったから、まったく実感が湧かなかった。 「別に、お前が俺に何かしたとしても文句は言わねえよ」 敏雄はクスッと笑った。 ──ふざけたり真剣になったり赤くなったり、忙しいヤツだな 不思議なことに、今はそんな青葉になんだか妙な愛着が湧いてきている。 「え、いや、本当に何もしませんってば!」 敏雄の言葉に、青葉があわてふためく。 「何かするかしないかは、この際どうでもいいよ。お言葉に甘えて、お前の家に泊めてもらってもいいか? お前の言う通り、こんな大事なときだっていうのに、事故起こして仕事できなくなるのも困るしな」 「…いいですよ」 青葉が照れ臭そうな顔をして了承する。 ──ホントに忙しいヤロウだな 「じゃ、ちょっとコンビニ寄っていくか。あのドラッグストア、確か夜の9時で閉店だろ?もう間に合わねえよな」 敏雄はオフィスの壁掛け時計に視線を移した。 すでに21時を過ぎている。 「替えのパンツと…歯ブラシも要るな」 青葉の家に泊まるにあたって、敏雄は必要なものを頭の中でリストアップしていく。 「歯ブラシなら、うちのヤツ貸しますよ」 「お前の使用済み?汚ねえ間接キスだな」 敏雄はからかい半分にフッと笑った。 「違いますよお、うちの家に置いてある予備あげますってことです」 敏雄の冗談につられるように、青葉もフフフッと笑った。 「おう、じゃあ頼むわ。一緒に帰ろうぜ」 「はい!」 敏雄が呼びかけると、青葉が元気よく返事して、2人はオフィスから出て行った。 会社近くのコンビニエンスストア。 時刻は21時半。 敏雄と青葉は替えの下着と食料を買うため、店内に入った。 ──コンビニの弁当ってなんで揚げ物入ったのとか、こってりしたヤツが多いんだろう? 弁当コーナーに並んだ商品を見つめながら、敏雄はどれを買うか悩んでいた。 若い頃は好きだった揚げ物も、今はひとかけらだって食べたいとは思わなくなった。 嫌いになったのではなく、胃が受けつけないのだ。 ──俺もトシだなあ… 結局、10巻入りのパック寿司とアンパン、ペットボトルの麦茶だけを買った。 若い頃は揚げ物や塩分の濃いおかずが入った弁当を2つも3つも買っていたし、それだけでは飽き足らず、スナック菓子やパンまで追加で買っていた。 「伊達さん、それだけでいいんですか?」 隣に立っていた青葉が、敏雄の買い物カゴの中を覗いてきた。 「お前は買い過ぎだよ」 青葉が持っている買い物カゴの中には、弁当が2つ。 それと一緒にパンやスナック菓子もそこそこに入れられていて、今にもカゴからあふれそうだ。 「これぐらい食わなきゃやってられませんよお。腹へって仕方ないし」 青葉が唇を尖らす。 「仕事キッツいからってヤケ食いばっかりしてると、豚みたいになるぞ。デブデブになって歩けなくなっても、俺は知らないからな」 敏雄は青葉を軽く諭した。 実際、この仕事に就いてから急激に太った者は少なくないから、他人事ではない。 「わかってまーす。そこは気をつけますよ」 青葉が教師に生活指導を受けた学生のような返事をする。 「俺はもうレジ行くぞ。お前は?」 「ぼくもです」 「じゃ、並ぶか」 敏雄が言うと、2人はそれぞれレジに向かおうとした。 「ああ悪い、買い忘れた物あったわ。先に精算済ましてくれ。すぐに行く」 敏雄がぴたりと足を止めた。 「わかりました」 言って青葉が、レジに進んでいく。 このとき青葉は、空腹と疲労もあって、敏雄が何を買い忘れたかなどまるで気に留めていなかった。

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